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05

 





 スマホのアラームより早く目が覚めた。

 朝食を食べ、身支度し駅に向かう。


 約束の5分前に到着したが、すでに真紀さんは待っていた。当たり前だが私服を見るのは初めてだ。

 真紀さんの服装は、細めのリブニットにフレアスカート。学校の外にいてもその美しさが陰ることはない。


 僕を見つけると、真紀さんは微笑みを浮かべた。まるで、僕が来たことを心から喜んでいるように。

 最上位美少女なら、そんな作り笑いくらい余裕だろ──と自分に言い聞かせておく。


「おはよ、高尾くん」


「おはよう、真紀さん。乗ろうか」


 ちょうど電車が来たところだ。休日なうえ時間帯もあって、車内はけっこう空いていた。2駅先で下車。徒歩30秒で目当てのショッピングモールにつく。


 モールは駅に近いが、モール内のシネコンに行くまで5分はかかる距離。

 

 モール内を歩きながら、カップルばかりが目につくことに気づいた。

 僕たちはどう見られているのだろうか。『カップルではない男女』と正しく認識されているといいが。


 前方をのんびり歩いているカップルなんか、手をつないでいる。けっこう邪魔くさい。

 僕たちも歩行はゆっくりめだが、さすがに前の2人はのろすぎる。


「真紀さん前の2人を抜かそう」


「そんなに慌てなくていいと思うよ? そんなことより、はい」


 真紀さんが僕のほうに手を差し出す。


「何か?」


「私たちも手をつないでみたりする?」


「つなぎたいの?」


「高尾くんは?」


 魔が差したわけではないが、別に手くらいつないでもいいじゃないか、と思った。


「まぁ、つないでもいいかもしれない。せっかくだし」


 真紀さんはクスっと笑った。


「せっかくって何?」


「せっかくはせっかくだよ。真紀さんと出かけることも二度とないだろうし」


 僕が手を差し出す前に、真紀さんは自分の手をおろしてしまった。その表情には、軽い失望が見られる。


「ないの?」


「え?」


「私たち、もう出かけたりはしないんだ? また映画を観に行ったり、カラオケに行ったり──そういうことはもうしないんだね。まだ今日も始まったばかりなのに」


「そんなつもりじゃ」


「じゃあ、どんなつもりだったの?」


 それから真紀さんは、最上位者の自信がなければできないことをした。歩行速度を上げて、目の前のカップルの真ん中を突っ切って追い抜いたのだ。

 同じことを僕がやろうものなら、男のほうに怒鳴られるのは必至。


 ところが、やったのは真紀さんだから。端麗な顔立ち、艶やかな黒髪ロング、スタイルの良い肢体。

 カップルの双方とも、真紀さんの美しさに見惚れていて怒るどころではないらしい。

 

 僕はそんなカップルを迂回して追い抜き、真紀さんの隣まで速足で向かった。


「真紀さん、今のは良くない。綺麗だからって、好き勝手していいわけじゃない」


 僕は鋭く注意したつもりだったが、真紀さんは頬を染めた。なぜ照れる。


「え、高尾くんが私のことを、綺麗って?」


 それから囁き声で、


「──嬉しい」


 いまのは聞かせるつもりはなかったと思う。だから聞こえなかったフリをする。

 とにかく話題を戻さねば。


「さっきのような態度を取っていたら、美人は得だと言われても仕方ないよ」


 真紀さんは眉間にしわを寄せた。今度は拗ねたらしい。


「……別に美人だからって得なことばかりじゃないし。学校では飽きるほど告白されるし、外出先では男の人にナンパされてばかりだし」


 当人は苦悩を語っているようだが、自慢にしか聞こえない。

 だけど真紀さんは、真剣に悩んでいるらしい。持てる者にも、持てる者だけの辛いこともあるのだろう。持たざる者の僕にはピンとこないが。


 僕は溜息をついた。

 それから立ち止まり、手を差し出す。


「ほら」


「え?」


「その……僕と手をつないで歩いていれば、ナンパされることはないと思うよ」


「ありがと、高尾くん」


 ただ真紀さんは、すぐには手を握ってこなかった。もしかして照れてる?


 そのとき、もうシネコンに到着していたと気づいた。どうりでポップコーンの匂いがするわけだ。


「もう着いてたね。さ、チケットを買おう」


 チケット買うときに手をつないでいるのも邪魔なので、僕は手をおろした。ちょうど真紀さんが、僕の手を握ろうとしていたのに。

 結果、真紀さんの手は空振ることに。


「……あ、ごめん」


「……うん、いいけど」


 シネコンは混んでいて、自動券売機にも列が出来ていた。列に並んでから、僕は真紀さんを見やった。

 さっき手を空振ってから、また少し不機嫌なようだ。恥をかいたからかな? 僕と手をつなぎ損ねたから不機嫌、ということはないだろうし。うん、それはないな。


 そんなことより、これを伝えておかないと。


「真紀さん。さっき『出かけることは二度とない』と言ったことだけど。あれは、ごめん。真紀さんが望むなら、また一緒に出かけよう」


「つまり、高尾くんは嫌々だけど付き合ってくれるというわけなの? 今日も、本当は来たくなかったの?」


 そう問いかける真紀さんの口調には、真剣さがあった。


「正直にいうと──そうだね、初め誘われたときは面倒だと思った」


 真紀さんは寂しさと失望の入り混じった表情をした。


「そう。高尾くんの気持ちはわかったよ」


「僕の気持ちがわかった? それは無理だね」


「どうして?」


「まだ話は終わってないから。初めは面倒だと思った。けど、真紀さんとスマホでメッセージのやり取りをしているうちに、僕も気持ちが変わってきた。楽しみに思えてきたんだ。昨夜、『楽しみだね』と送信したのは本心だよ」


 真紀さんはホッとした様子で微笑んだ。


「良かった」


「何が?」


「高尾くんに嫌われたわけじゃなくて」


 嫌いになってもおかしくない瞬間は、何度かあった。だけど僕は真紀さんを嫌っていない。それどころか──


「高尾くん、観るのは恋愛映画でいいよね。この映画、凛がもう観たらしいけど、すごく泣けるんだって」


 凛? 真紀さんの友達か。


「いいよ」


 反射的に返事してから、「え」と思った。

 恋愛映画だって?







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