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里穂が咳払いする。
「2人で何をコソコソ話しているのよ?」
「別に……里穂、ちょっとお手洗いでも行ってくれば」
里穂があからさまに疑いの眼差しを向けてきた。
「……どうして?」
「おしっこ我慢すると身体によくないよ」
「我慢してないわよ」
小夜が立ち上がる。
「わたくし、お手洗いに行ってきます」
「なら僕も──もちろん男子トイレだよ、僕は」
里穂の疑惑の視線を受けつつ、僕と小夜は個室を出た。
少し移動してから、僕は慌てて言う。
「ちょっと何でどうして──」
「落ち着いてください、水沢さん」
よし落ち着こう。
「まず、井出さんの友達って? 未成年がそんな時間に映画館にいて良かったの?」
「それは水沢さんのことでは? わたくしのお友達は、大学生の方です。学園のOGですので」
「なぜそのOGさんは、僕の顔を知っていたんだろ?」
「いえ、水沢さんのことはご存じではありませんでしたよ。本庄千沙さんのお顔が知られていたのですね」
「え、本庄の?」
「彼女のお姉さんが、白鉦学園の元生徒会長ですので」
本庄の姉は、白鉦学園のOGだったのか。
どうして本庄は、姉と同じ学園に進学しなかったのだろうね。
「ですので、本庄先輩の妹さんがこんな時間に遊んでいるようだと、ちょっとした噂になりまして。隠し撮りの画像が、我々のネットワーク内を駆けまわったのです」
白鉦ネットワーク、恐るべし。
「あ、そうか。それで一緒にいた僕を、井出さんが発見したわけだね」
「はい」
謎は氷解した。
しかし、問題は何も解決していないのだった。
「よりにもよって、ヤバいキスの瞬間の画像が?」
「いえ。さすがに、そこまでの『ベストショット』の撮影は難しいかと。目撃談は出回りましたが」
「目撃談は出回っても、画像はないわけだね」
「ええ──そもそも撮影に成功したとしても、さすがに拡散にはなりませんよ。白鉦学園の乙女には、刺激が強すぎますので」
『刺激が強すぎますので』という言い方からして、小夜がその画像を見ている気がしてならない。
拡散せずとも、小夜の手元には行ったのでは──?
「……ところで、その件は内密にお願いしたいんだけど。とくに里穂には──」
「もちんです、水沢さん。恋人の里穂さんには、お知らせしません。このような水沢さんの恥知らずな裏切り行為などは」
「……恋人ではないんだけど。まぁ黙っていてくれるのはありがたい──」
「むろん無条件とはいきませんが」
ですよねぇ。
僕も井出小夜を相手にして、そこまで都合よく行くとは思わなかったよ。
「それで条件というのは?」
「第一段階として──わたくしの恋人役になってください」
第一段階ということは、第二段階もあるのか。
いや、それよりも何だって?
「恋人役?」
「はい」
「僕が、君の?」
「はい」
「何のため? もしかして、英樹を妬かせるためとか?」
いまさら小夜に新恋人ができても、英樹は何とも思わないと思うけどなぁ。
「そうですね。妬かせるためというのは、正しいのですが──英樹は女性には不自由しませんが、親友と呼べる方は水沢さんだけなのです」
「へえ……それで?」
「すなわち英樹の親友を、わたくしが寝取るのですよ」
第一段階からして、カオス。




