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だが思惑は外れた。
本庄は何やら嗅ぎ取ったらしく、微笑みを浮かべて言うのだ。
「水沢くん。今日はキミを解放してあげよっか。私は束縛の強い恋人さんではないからね」
「そもそも恋人じゃあない」
にしても、これが本庄の危機察知能力というところなのか。
ヤンデレとぶつけて『殺し合い』(もちろんものの喩え)をさせようと思ったが。
本庄も立ち去り、僕と里穂は顔を見合わせた。
「本庄と小夜で色々と相殺させる作戦。悪くない策だと思ったんだけどね。いや、僕はまだ諦めていない」
里穂は溜息をついた。
「千沙って、人心掌握スキル高いわよ。小夜が千沙に懐く可能性もあったんだし、まだマシなほうよ」
確かにヤンデレが手駒にされるよりはいいか。
観念して、小夜に会うとしよう。
まず小夜を迎えに行くことになった。
小夜が通う白鉦学園まで。
ここは3駅先の場所で、お嬢さま学園だけあって、近くにいるだけで僕など場違い。
ちなみに、女子の里穂だって場違いそうにしている。
真紀さんなら、すぐ馴染みそうだが。
「小夜がいたわ」
小夜もこちらに気づき、歩いてきた。
「ごきげんよう、水沢さん渋井さん」
「……ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
里穂が僕を小突いてきた。
ここに来るまでに、少し2人で打ち合わせしていたわけだ。
先んじて小夜の要求を断ろうと。その要求が何なのかは知らないが、知らぬが仏ともいうし。
で、断る役目は僕になった。
志願したわけではない。ジャンケンの結果だ。
なぜグーを出してしまったのか。
「あのー、井出さん。僕たちは、えーと、君には協力できない」
里穂が小声で、
「よく言ったわ。偉いわ、高尾」
小夜が小首を傾げる。
「まだ何も言っていませんが。それなのに断られるのですか?」
「だいたい予測はつくんだよ。英樹への復讐の協力とか、では?」
「いえいえ。英樹のことはもう良いのです。いつの日か、松本英樹という下種には罰が下ることでしょうし」
確信があるらしいが、そこは追究しなかった。
「ということは、何のために僕たちを呼んだの?」
すると小夜は、少し恥ずかしそうに言う。
「わたくし、カラオケということがしたことないのです。今回は、カラオケ初体験をしてみたく思いまして」
「なんだ、そんなことだったの」
お嬢さま学園だと、カラオケも縁遠いのかな。
ただ意外なのは、英樹がデートで連れて行かなかったらしいこと。
英樹も、相手を考えてデート場所を選択しているのかも。
「そんなことなら、僕たちに任せてよ。ね、里穂?」
里穂が「え?」という顔で僕を見る。
それから引きつった笑みを浮かべて、
「そ、そうね、小夜。行きましょ、カラオケ」
小夜は両手をあわせて、ほほ笑んだ。
「本当ですか? ありがとうございます」
小夜が軽やかな足取りで、先に歩き出した。
その後ろを歩きながら、里穂が肘打ちしてきた。
「高尾、断る予定だったはずでしょ?」
「だって、ただカラオケに行くだけじゃないか」
里穂は溜息をついた。
「高尾。まだ分かってないようね──ヤンデレの恐ろしさが」
「……」
いつからヤンデレ専門家になったんだ?




