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本庄とヒソヒソ話していたら、斜め後ろの席の人に注意された(咳払いだったが、何が言いたいかは明白)。
静かに映画鑑賞へと戻る。
しかし本庄にはまだ、静かにしながらも攻撃を仕掛けるという策もある。
警戒は解けない。
だが、大人しく映画を観始めた。
どうやら『指を舐める不意打ち』が、割とダメージになっているらしい。
そうか、本庄千沙も最強ではなかったか。
何となく安心した。
撃破の可能性が出てきたわけだし。
ところで、膝下に隠したままの本庄のスマホ、どうしようか。
とりあえず自分のポケットに収めた。あとで隙を見て、本庄のバッグにしまおう。
映画はクライマックスに達しようとしていた。
主人公たちはキスしているが、ヤバくないキスだ。こんなのでは指舐めもしたことないな。
僕もしたことはないけど。
ようやくエンドロールに入る。
本庄がふいに僕の耳元で言う。
「行こっか、水沢くん」
いきなりの耳元での囁きに、ビクッとした。
「……さては、エンドロールを最後まで見届けない派の者か」
「そう、その派閥の者」
「分かったよ、出よう」
「あ、その前に──」
本庄に耳たぶを噛まれた。
「な、なんだっ!」
「静かに水沢くん。エンドロールで余韻に浸っている人たちもいるんだからね」
僕は囁き返した。
「いま耳たぶを噛んだよね?」
「私ね、負けず嫌いだから、やり返したくなるんだよねぇ」
本庄はチキンレースから降りる気はないらしい。
やはり衝突しての大破は避けられないのか……英樹め。
僕たちは劇場を出た。
本庄が僕の肩を突いてくる。
「おしっこしてくる」
「じゃ、そこで待ってる」
待合スペースのひと目の付かないところへ移動。
補導されるとしたら、帰り道が危ないんだよなぁ。
帰路をイメージしていたら、ポケットのスマホが震えた。
スマホの電源を切ったと思ったけど、マナーモードにしただけだったか。
スマホの画面をチラッと見ると、《真紀》と出ている。
《滝崎真紀》とフルネームで登録したと思ったがなぁ。
「もしもし」
『……』
「真紀さん?」
『……高尾くんだよね、その声は?』
「そうだよ、水沢高尾」
真紀さん、僕のスマホにかけたくせに何を言って──
『……どうして千沙の電話に出ているのかな、高尾くん?』
あぁ。
これ、本庄のスマホじゃないか。




