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予告が終わり、場内はより暗くなった。
本編が始まる。
手を握るなんて、ヤバいキスに比べれば楽勝だ。
さっさとミッションをクリアしよう。
しかし、これが簡単そうでいて難しい。
だいたいヤバいキスの時は、勢いというものがあった。
この勢いは大切。
一度、落ち着いてしまった現状の勢いを時速で表現すると、0km/h。
すなわち静止状態。
ここから右手を動かし、本庄の左手に接近させ、指を絡ませる。
いやぁ無理無理。
困ったなぁ
▽▽▽
寝てた。
ハッとして目覚める。
この恋愛映画、どうも退屈だ。真紀さんと観たホラー映画のほうが面白かったな。
チラッと見ると、本庄千沙が気持ちよさそうに寝息を立てていた。
ムリやり誘っておいて、寝落ちしているとは──
まてよ、これは里穂の作戦を実行するチャンスでは?
熟睡中の本庄からスマホを盗み、キス画像を消去する。
よし、いける。
スマホはバッグの中にあるはず。そのバッグは今、本庄の右隣の空席に置いてある。
というのも、けっこガラガラなので。
ちなみに僕は本庄の左隣にいる。
これが何を意味するか。
バッグを取るには、本庄の身体が邪魔である。
いや、右手を伸ばせば届くはずだ。
僕は出来るだけ本庄に身を寄せ、右手を伸ばして──
この格好、密着しすぎるな。
いま本庄に目覚められると、寝込みを襲おうとしているように思われる。
急げ──
よし届いた。
バッグごと移動させると気取られそうだ。そこでスマホだけを取り出す。
第一の難関をクリアしたが、ここからまだ先は長い。
本庄のスマホのロック解除は、指紋認証だった。
指紋──すぐそこに本庄の手がある。
そっと本庄の左手をつかんだ。本庄が起きないように、そっと人差し指をスマホ画面にタッチさせる。
ロックが解除。
やった。
本庄が身じろぎする。
僕は慌てて、本庄のスマホを膝下に隠した。
本庄の目が開かれる。
その視線が、彼女の左手に注がれた。
というのも、僕はいまだ本庄の左手をつかみ、人差し指を立たせている状態。
「……水沢くん、何しているのかな私の指で」
「あー……」
この指で、指紋認証を突破していた。
と、バレては困る。
誤魔化さなければならない。
「僕は、本庄のこの指で、じゃなくて、この指を──」
「指を?」
極限まで焦ると、人間とは自分でも信じがたいことを言うものだ。
「舐めようとしていた──」
「……舐め──?」
本庄が左手を引いて、僕から離す。
あれ、ちょっと動揺した?
「……水沢くん。今の奇襲攻撃は、なかなか効果的だったよ。やるじぁないか」
よく分からないが、本庄千沙に認められた。
嬉しくは、ない。
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