04
真紀さんは電車通学、こちらは地元民なので徒歩通学。
校舎を出て3分で帰路が分かれる。
「それじゃ真紀さん、また明日」
「高尾くん、明日は休日だよ」
「ああ、そうだね。今日は金曜日だった。じゃ言い直して週明けまでさよなら」
何となくだが真紀さんは不機嫌そうだ。なぜだろう。帰路が別れるのが早くて、僕とほとんど話せなかったから?
それは自意識過剰か。
「じゃ」
僕が歩いていこうとすると、真紀さんがふいに声を出した。
「明日、どこかに遊びに行こうよ」
「え?」
驚いて振り返った。真紀さんの表情からして彼女自身も驚いているようだ。自分の発言には責任を持ってほしい。
「僕と真紀さんで、どこかに遊びに行こうということ?」
確認しておくのには、2つの理由がある。まず僕の聞き違いだったら恥をかくから。
また聞き違いでないのなら、真紀さんに考え直す余地を与えたいから。
自分で言うのもなんだが、こちらは陰キャだぞ。何が嬉しくて遊びに行きたがるのか。
しかし、真紀さんからは迷いが消えた。
「そうだよ、高尾くん。嫌かな?」
「嫌じゃないけど」
「じゃ決まりだね。どこに行く? あ、いま無理して決めなくてもいいよね。あとで連絡するよ。まずは連絡先を交換、ね?」
「はぁ」
スマホを出して連絡先交換したところで、真紀さんとは別れた。真紀さんはどことなく満足そうだ。
駅へと歩いていく彼女を見送ってから、僕はメッセージアプリの真紀さんのアイコンを見やった。
「とりあえず英樹には黙っているかな。本気で殴ってきそうだし」
▽▽▽
──滝崎真紀──
私は駅に向かいながら、今日一日を振り返ってみた。ずっとモヤモヤしっぱしだ。
原因は分かってる。
水沢高尾くんのせい。
昨日の放課後、彼に付き合ってあげようかと言った。いま思うと思いあがった発言だったと反省してる。
だけど、高尾くんのためになると思っていたのは本心だ。
この考えが、いまは酷い自惚れだったことも分かっているけれど。
それを分からせてくれたのが高尾くんだった。
正直、付き合うのを断られるとは思わなかった。これまで数えきれない男子に告白されてきた(全員、断った)
だから私はある確信を抱いていた。大半の男子は、私と付き合えると知ったら嬉しがるのだと。この確信自体は今も持っているし、間違ってはいないはず。
ただ高尾くんが、大半の男子と違っただけ。
もしかすると私は、彼を見くだしていたのかもしれない。クラスで孤立している男子なのだから、私と付き合えるなら泣いて喜ぶはずだと。
……赤面ものの自惚れ。
とにかく私は断られた。つまり、フラられたわけだ。
ふしぎなもので、その瞬間はじめて私は、高尾くんを意識した。
だからもし高尾くんが告白にOKしていたら、恋人になりながらも彼のことを意識することはなかったわけだ。
本当に最低。
私は結局、クラスの底辺男子を助けてあげて、気持ちよくなりたかっただけなのだろう。
だけど、いまは違う。
いま、私は純粋に高尾くんに興味がある。
初めて興味を持った男子だ。
だから明日のデートが楽しみ。
▽▽▽
結局、僕は英樹に話した。ただし電話で。これなら殴られずに済む。
「なんだって高尾、滝崎真紀とデートするだって!」
「いやデートじゃなくて、ただ遊びに行くだけ」
「休日男女で遊びに行くことをデートっていうんだよ!」
そうなのか? 真紀さんもデートのつもりで誘ってきたのか?
しかし、僕たちはカップルではない。僕が告白を断ったから。
「デートって、カップル以外でもするものなのかな?」
「知るか。んなことより、どこに行くつもりだよ?」
「まだ決まってない。あとで真紀さんから連絡があるはずだけど」
「まさか連絡先交換したのかよ」
「それが手順だし」
「カップルのかよ!」
よく分からないが、英樹は涙声だ。これはなんの涙だ。
「いやカップルじゃなくて。遊びに行くと決まったら、まずは連絡先交換しとかないと何も始まらないだろ」
「それをカップルというんだよ、羨ましい奴め!」
疲れてきた。
「まぁなんでもいいけど」
「よしオレは決めたぜ、高尾! お前のダチとして、是非ともお前には幸せになってほしい! だからお前が滝崎真紀とうまくいくよう、色々とアドバイスしていくからな!」
「……あー、うん、悪いね」
真紀さんの同情告白は拒否できたが、親友のいらないアドバイスは拒否れそうにない。
「まずデート場所だが、お前から連絡してみろよ。こういうのは男子の役割だからな。映画館か遊園地のどっちがいい?」
「二択なの? 自宅とかは?」
後半は冗談で言ったんだが、英樹は真面目に反応した。冗談が通じないだと……長らく友人をしているのに、なぜだ。
「高尾! てめぇ、もう滝崎真紀とそんなエロいことをしようってのか、許せねぇぞ!」
陽キャにとっては、自宅に呼ぶ=エロいことをする、なのか?
「そうだね。自宅はやめておく。じゃ映画館かな」
映画見ている間は会話せずに済むし、そのあとは観た映画の感想を言い合えば済む。無難だ。
「映画館か。いいチョイスだな。ただ誘う前に、なんの映画やってるかくらいチェックしておけよ」
「なるほど」
英樹との通話を終えたあと、最寄りのシネコンのサイトを開く。ハリウッドの大作ものか、アニメシリーズの映画化か、恋愛小説を原作とした邦画か。
僕が決めるなら1番目だが、真紀さんの好みは分からないな。
「そうか。これは2人で決めることか」
さっそくメッセージアプリで、メッセージを送った。
『明日は映画に行くというのでは?』
既読がついたと思ったら、すぐに返事が返ってきた。
『高尾くんと行けるんだったら、どこでもいいよ』
という、本気なのか冗談なのか分からないメッセージが。
このメッセージへの返答はスルーしよう。
『何時にどこで待ち合わせようか?』
『10時に浜駅のホームで待ち合わせとか、どう?』
浜駅は、高校の最寄り駅だ。
『いいよ』
そう送ってから、これだと素っ気ないかと思い、
『楽しみだね』
とさらに送ってみた。
するとすぐに、
『私も楽しみ!』
と返ってきた。
ところで、本当のところ僕は楽しみなのか?
自問して気づいたのだが、どうやら本当に楽しみらしい。自分でも意外だ。