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ひとまず、僕たちは安全圏まで逃げ切った。
だが真の安全は、この動物園にいる限りありえない。
「動物園から脱出しないと」
「同意するわ、高尾。そこでこの秘密道具が役に立つのよ」
そして里穂が取り出したのは、ただの動物園のMAPだった。
「あたしたちの現在位置は──」
近くの目印として、シマウマを見やる。
「シマウマの近くね。とすると──」
真紀さんはシマウマを眺めながら、平和そうな顔で言った。
「シマウマって、地肌も白黒なのかなぁ?」
真紀さん、動物園だと戦力外説が濃厚。
「真紀さん。いまはシマウマどころじゃないよ」
里穂がMAPを見ながら、顔を青くする。
「ま、まずいわよ、高尾。あたし達が今いるのは、動物園の奥のほう。出口に向かうには、来た道を戻るしかないわ。すなわち、小夜と遭遇する可能性が出てくるのよ」
「こうなると、動物園がガラガラなのが残念だよ。遠くからでも発見されてしまう。しかし──
僕たちは別に小夜を恐れる必要ないんじゃないかな? だって英樹が別れ話を切り出したわけじゃないよね? 不運なことに、英樹の二股相手が現れたわけだし」
もしかすると三股相手かもしれないけど。
「僕たちに罪はない。小夜もこっちは怒ってないんじゃないかな?」
ただでさえ、今は英樹の息の根を止めるので忙しいだろうし。
しかし、里穂は首を横に振る。
「分かってないわね、高尾。ヤンデレに常識は通用しないのよ。松本くんとの破局の原因を、あたし達のせいにしてきてもおかしくないわ。そうすれば、何が脅かされると思う?」
僕は固唾をのんだ。
「僕たちの──命か」
真紀さんが朗らかに言う。
「見て、高尾くん。シマウマがこっち来たよ~」
「シマウマのことは忘れなさいよ、真紀。緊張感を持ちなさい」
と里穂は鋭く言ったが、実際にシマウマを見ると、
「あ、本当。すぐそこまで来ているわ。3人で自撮りする?」
「いいよ」
パシャリ。
「とにかく移動を開始しよう」
しかし脱出行は困難を極めた。
とにかく動物たちの誘惑が激しい。
毎回、動物のところで足止めを食うので時間がバカにかかった。
「次は百獣の王ね」
ライオンは昼寝中。
それでも真紀さんは怖いらしく、安全柵から少し離れている。それを見逃さないのが里穂だ。
「真紀、怖いの? ライオンが怖いの?」
「……別に怖くないよ。柵越しにいるのに、怖いはずないよね」
ライオンがむくっと起き上がって、柵に近づいてきた。
二重柵なので、安全なのは120パーセントだが。
真紀さんがきっかり3歩後ろに下がった。
「ライオンなんて、大きい猫みたいなものだからね。私、猫は好きだよ」
「真紀さん。言動が一致してないよ」
その後、地道に移動してようやく出口が見えてきた。
安堵の吐息。
「捕まるなんて、杞憂だったみたいだね」
里穂は名残惜しそうに後ろを振り返った。
「動物園って小学生以来だけど、思ったより面白かったわよね。また来──あ。高尾、猛獣が接近してくるわ!」
そう言うなり、里穂が駆けだした。逃げ足速いなぁ。
僕と真紀さんは逃げ遅れ、猛獣こと小夜に捕まった。
「水沢さん、滝崎さん。逸れてしまいましたね? ようやく合流できました。さぁ帰りましょう」
「あ……帰るの? 英樹のことはもういいの?」
「はい。二股をかける男など、私のほうから捨てさせていただきます」
意外と冷静。
英樹の本性を知り、ヤンデレを克服できたのだろうか。
いずれにせよ、ハッピーエンドだ。
「もちろん英樹には復讐させていただきますが、それは後日ということで」
僕たちは無傷だから、やっぱりハッピーエンドだ。
しかし真紀さんが言うのだ。
「井出さん。それは良くないと思うよ。復讐は過去を引きずる行為。そんなことより前を向いて歩かなきゃ!」
ヤンデレを説教するバ
じゃなくて最上位美少女。
小夜が聞き流してくれて助かった。




