03
帰りのホームルームも終わったので帰宅するとしよう。英樹はバスケ部なので、帰宅部の僕とは縁がない(朝一緒に登校できるのは向こうが朝練をサボっているから)。
高校に入って気づいたのだが英樹は陽キャラ。
「高尾くん、もう帰るの? 帰宅部だっけ?」
今日は何かと話しかけてきた真紀さんが、まだしつこく声をかけてくる。これはハブられている僕への憐みか。恋人作戦は失敗したので友達になろうと。
僕としては同情からの友達はいらないのだが、恋人と違って拒絶しづらいものがある。
恋人は基本1人なのに対し、友達は何人いてもいいからか。
「そうだよ、真紀さん。じゃ明日」
僕は教室を突っ切る。そのさい、まだ教室に残っていた男子何人かから睨まれた。
どうも真紀さんの善意は、逆効果に働いている。
僕のようなボッチが、最上位の滝崎真紀とお喋りしている。
この事態が気に入らない連中も多いようだ。
廊下に出ようとしたところで、真紀さんが追いかけて来た。
「まって高尾くん。私も一緒に帰るから、ちょっと教室で待っていてくれる? 部活を休むって伝えてくるから」
教室内の男子たちから殺意まで感じられた。
身の安全のためハッキリ言おう。ただし小声で、
「真紀さん。僕への同情はもう結構だから。ムリして友達付き合いすることはないよ」
真紀さんは少しもたじろがない。
「私は君が気になる。だから一緒に帰りたい。同情とかじゃないから心配しないで」
気になる? なんだそれは。
「待っててくれる?」
そう問いかけてくる真紀さんの口調のどこかに、切なさを感じたのは気のせいか?
「……わかった。待ってるよ」
真紀さんが廊下を走っていく。
僕は自分の席に戻った。カーストの中の上くらいにいる男子生徒が3人、机を囲んでくる。
「おい水沢」
僕は良心の呵責を感じた。向こうはこちらの苗字を知っているのに、僕は知らなかったので。
あ、田山だったように思う。
「なに、田山?」
田山、だと思っていた男子の隣の奴が、
「なんだよ」
と言ってきた。あー、コイツが田山か。じゃあ初めのは誰だ。
田んぼっぽい苗字だったはず。沼田か?
沼田?が言った。
「てめぇ、滝崎さんと仲がいいみたいじゃねぇか。どういうつもりだよ」
「どういうつもりって──僕じゃなくて、真……滝崎さんに聞いてくれ」
「オレたちはてめぇに聞いてるんだよ!」
沼田?が僕の机を蹴とばした。
あまり人を見下すようなことは思いたくないが──どうして、この手の奴はすぐ暴力に走りたくなるのか。ただ人を殴る度胸はない。それも分かり切ったことだ。
僕は静かに尋ねた。
「滝崎さんは君の恋人か何かか?」
「なんだと?」
「滝崎さんが君の恋人だというなら、僕の存在が気に障るのも無理はない。それでも嫉妬深い男は嫌われると思うが──しかし、君が恋人でさえないのなら、君にはなんの権利もないぞ。それで?」
「……なんだよ?」
先ほどの質問も忘れるとは。または意図的に忘れたか。仕方ないので繰り返してやった。
「滝崎さんの恋人なのか?」
沼田?はいきなり弱々しくなった。さっきまでの威勢はどこに消えたのか。
「う、うるせぇな。てめぇの知ったことじゃないだろ」
ここからまた怒りが盛り返したらしく、沼田?は拳を握りしめる。殴る気か。
わざと殴られてこの沼田?を退学に追い込むのもいいが、あいにく痛いのは好まない。
逃げようか? いや、約束した以上は真紀さんを待とう。
僕が覚悟を決めていると、鋭い声がした。
「稲葉くんたち何してるの?」
あー、稲葉か。だから田んぼのイメージか。
鋭い声を発したのは戻ってきた真紀さんだった。稲葉たちは気まずそうに顔を見合わせてから、そそくさと逃げていった。
かわりに真紀さんが来て、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、高尾くん。私のせいで迷惑がかかっちゃったみたいで。高尾くんが嫌なら、私はもう話しかけたりしないよ。そっちのほうがいい?」
やっと分かってくれたらしい。
だが、それだと稲葉たちに負けたようじゃないか。
それに真紀さんは何だか寂しそうだ。
僕は席を立って、廊下に向かった。振り返ると真紀さんは動かない。
「……真紀さん、一緒に帰ろうよ」
振り返った真紀さんは笑顔だった。
「うん!」
真紀さんの望みはイマイチ分からない。が、単なる同情だけで僕に構ってきているわけでもないらしい。
それなら僕が彼女を無視するのも変な話だ。
少しのあいだボッチ生活をやめたって支障はないだろう──たぶん。
気に入っていただけましたら、ブクマと、広告下にある[★★★★★]で応援していただけると嬉しく存じます。