29
一生の不覚。
電車内で真紀さんに、
『良かったら動物園に来て』
とメッセージを送っておきながら、すっかり忘れていたとは。
初っ端のキリンでテンション上げちゃったからなぁ。
そんな僕の心境を見抜いたのか、真紀さんが言う。
〔もしかして、動物園でテンション上がっちゃったのかな? それで私のことを忘れちゃったとか?〕
「そんなことは……」
〔別にいいんだよ、高尾くん。正直に言ってくれるだけで、私は許せるよ〕
あれ。意外と怒ってない? 正直者は救われるということかな。
「実はそうなんだよ。里穂とテンション上がっちゃって──ごめん」
〔ふうん。里穂とテンション上がっちゃったんだね〕
「そうそう」
〔高尾くん。さっき『私は許せるよ』と言ったよね?〕
「言った」
〔あれは嘘だよ〕
「………え?」
通話が切れた。
それから数秒後、真紀さんから、
『キリンのところにいるよ』
というメッセージが届く。
もう園内に到着しているのか。
いま迎えにいくよ、とメッセージを送信しようとした。
ところがその前に、新たなメッセージが届いた。
『今はライオンのところだよ』
それから10秒ほど経って、またメッセージが届いた。
『今はチンパンジーのところだよ』
……これ、だんだん近づいてきているんじゃないか?
メリーさんの電話みたいになってるんだけど。
僕が凍り付いていると、里穂がふしぎそうに言う。
「どうかしたの、高尾?」
「里穂、大変だよ。僕たちは真紀さんを召喚したのに、すっかり忘れてしまっていた」
「あー、そう、そうよねぇ」
里穂の反応がおかしい。
「……まさか里穂は忘れてなかったんじゃ?」
あからさまに視線をそらす里穂。
「そ、そんなわけないでしょ」
うーむ。ここで里穂を追及しても仕方ないか。
「とにかく、真紀さんを迎えに行こう。さっきはチンパンジーのところにいたようだけど──」
スマホに着信。真紀さんからだ。
「もしもし? いまどこにいるの?」
〔高尾くんの後ろだよ〕
「うわぁあ!」
飛びのきつつ後ろを見ると、真紀さんが冷ややかに見てきていた。
「高尾くん。なんでそんな反応するのかな?」
「……いや、別に」
ビビったからとは口が裂けても言えない。
真紀さんは、僕と里穂を交互に見た。
「ふうん。2人だけで動物園に来ていたんだね」
「いや、松本英樹という友達と、その恋人である井出小夜さんも一緒なんだ」
「なんだかダブルデートみたいだね?」
「まぁ一応、そういうことにはなっているんだよ。建前上は。実は英樹の頼みでね──」
ここで里穂が勝ち誇って、
「つまり、高尾はあたしを選んだということよ」
真紀さんはハッとした。
「昨夜の『動物って好き?』という質問メッセージ。動物園にどっちを誘うか決めるためだったんだね」
さすが真紀さん、鋭い。
「真紀さんは、あまり動物が好きという感じでもなかったから」
「別に嫌いじゃないんだよ」
すかさず里穂が言う。
「あたしは動物大好きよ。さっきも乗馬してきたし」
「ふーん、乗馬……」
「真紀もしてくれば?」
「何を?」
「乗馬」
真紀さんが当たり障りのない笑みを浮かべた。
「私はいいかな」
真紀さん、本当に動物は得意ではないようだ。
なら乗馬を勧めるのは酷というものだろう。
ところが、里穂が真紀さんの肩に手を置いて、
「それは良くないわよ、真紀。動物園に来たというのに、乗馬もできないようじゃ。あたしは言うわね──何しに動物園に来たの?と」
なんか煽りだした。
真紀さんはムッとした様子で、
「わかったよ里穂。そこまで言うなら、馬に乗るよ」
そして意外と煽られ耐性ないのが、真紀さんだ。




