21
二時間目の休み時間。
僕は里穂を呼び出した。
「ちょっと時間あるかな。2人で話したいんだけど」
「い、いいわよ。それで、どこで話す?」
チラッと見ると、真紀さんがこちらを眺めていた。
いや、今は真紀さんではない。里穂だ。
どこに行こうか迷って、最後には視聴覚室を選んだ。今日は授業で使われていないらしく、無人だったので。
里穂も何やら緊張した様子だ。
僕が何を言おうとしているのか、だいたい察しているのだろう。
つまり、僕が振ろうとしていることを──
里穂はもじもじしていたと思ったら、意を決した様子で言う。
「高尾! あたしに愛の告白をするつもりなのね!」
「……違う。その反対。つまり、振るほう。ちゃんと明確に伝えるべきだと思って」
里穂は驚愕の表情を浮かべた。
「ええ!」
その「ええ!」はこっちのセリフなんだけど。
「……そもそも、どうして告白だと思っちゃった? 昨日、里穂を異性としては好きじゃないと言ったばかりなのに」
里穂は涙目になって、
「やめて、やめて。心の傷を抉らないで。昨日は真紀の顔色をうかがったのかな、と思ったのよ」
「そうなのか……ごめん。だから里穂のお弁当は食べられない」
「え、そこは食べてよ」
「え?」
「せっかく作ったんだから」
おかしい。先ほどの里穂は、正反対の発言をしていたはずなんだが。
「……それは道理が通らないんじゃなかったっけ?」
「それは、あたしが失恋する前提じゃなかったからよ!」
……なるほど。
里穂は何だか哀愁をまとって言った。
「というか、あたし二度も高尾に振られたわけ?」
「一度目は事故みたいなものだけどね。そういえば、あの雨宿り事件の翌日から里穂が無視してきたような」
「千沙の助言に従ったのよ」
「本庄の?」
「高尾を振り向かせるにはどうしたらいいかって、千沙に聞いたの。そしたら千沙は、塩対応が一番よと。もっと言えば、何日か無視していれば、高尾があたしの有難味に気づくって──」
「え、それで1年間も無視していたの?」
「長い1年だったわ」
素直というか、バカ正直というか。
本庄はこうなることを予測していたように思う。つまり、里穂が僕を無視すれば、僕も里穂を無視するだろうと。
では本庄がなぜ、そんな助言を里穂にしたのか。
楽しそうだったから、ではないか?
やはり本庄千沙は油断ならない相手だ。
ふいに里穂が、声のトーンを変えて言った。
「告白するんでしょうね?」
「誰に?」
「真紀によ。あたしを振っておいて、真紀とは惰性で付き合っていたら許さないわよ。ちゃんと告白しなさいよ」
「今日中に?」
「当たり前よ」
「僕さ、木曜日に真紀さん振ってるんだけど」
あのときは、真紀さんのことを何とも思っていなかったんだが。
何が起こるか分からないのが、人間の感情ということか。
「今日はもう月曜日なんだから、そんな大昔のことは関係ないわ。とにかく、告りなさい。そして、あたしの弁当も食べなさい。わかったわね?」
里穂なりに背中を押してくれているのだろうか。
「了解した」
里穂は吐息をついた。それから囁くように言った。
「……ほんと長い1年だったわ」
「余計なお世話だと思うけど、本庄とは友達付き合いやめたほうがいいよ」
里穂は観念した様子で言う。
「幼馴染は、そう簡単に付き合いをやめられるものじゃないのよ」
「なるほど」
里穂は千沙と幼馴染のおかげで得していると思ったが、事実は違うようだ。
「とりあえず、本庄にはもう恋愛相談はしないほうがいいよ」
「それは同感ね」
里穂の口調には実感がこもっていた。




