20
教室に向かうと、廊下で里穂がそわそわしていた。
「どうかしたの、里穂?」
里穂がホッとした様子で駆けて来た。
「あ、高尾。無事だったのね。良かったわ」
「そりゃあ、ここは戦地じゃないし。そうそう無事じゃない状況にはならないよ」
「そうじゃなくて。千沙が高尾を呼び出したと聞いたから」
「ああ、なるほど」
だからといって、そこまで心配することではない気もするが。
「ところで里穂。言わずにおいて申し訳ない。実は、真紀さんもお弁当を作ってきてくれたんだ──たぶん。寝坊でもしてなければ」
真紀さんが寝坊するイメージは湧かないが。
里穂なら別だけど。
「というか里穂、寝坊してお弁当作るの忘れたとか?」
里穂は心外そう顔で、
「そんなわけないでしょ。けど、真紀も作ってきていたなんて──油断も隙もないわね」
「とにかく、お弁当は責任をもって2つとも食べるから」
すると里穂は、何を意味不明なことを言っているの、という顔をした。
「そんなことが通るわけないでしょ、高尾」
「え?」
「真紀のお弁当か、あたしのお弁当よ。どちらかを選ぶしか道はないわ。両方選ぶとか、そんなことは道理が通らない」
ついに道理の話になってしまった。
担任が歩いてきたので、僕たちは慌てて教室内に入った。
そのさい、すでに席についていた本庄と目があった。何となくうなずいておく。
できるだけ関わらないでおこうと決めたクラスメイトと、謎のアイコンタクトをする羽目になるとは。
ホームルームが終わったところで、一時間目までに5分の休憩が入る。
隣席の真紀さんに言った。
「真紀さん。話しておかないといけないことがあるんだけど」
「里穂もお弁当を作ってきたんだね? 高尾くんはそれを了承してしまったと」
「……え、どうして分かったの?」
「うーん。何となく読めるんだよねぇ。それで高尾くん、決めたの?」
「何を?」
「どっちのお弁当を食べるのか」
「やっぱり選べと」
真紀さんはニコッとほほ笑んだ。
「当然だよね、高尾くん?」
たかが弁当、されど弁当。胃が痛くなってきた。
仕方ない。こんなときに相談できるのは、一人だけだ。
というわけで一時間目のあとの休み時間で、英樹のクラスを訪ねた。
「どうした高尾。お前が来るなんて、珍しいな」
「ちょっと困ったことになって──」
そこで、弁当ダブルブッキングについて話した。
が、まずは昨日3Pしていないことを明言するところからだったが。
やたらと落胆する英樹。
「んだよ、3Pしたんじゃなかったのか。今度、詳細を語ってもらおうと楽しみにしていたのによ」
「……実際にしたとしても、詳細に語ることはありえないからね」
英樹は頭をかいた。
「で、弁当の話だっけか。正直、何を悩んでるのかよく分からねぇな。好きな女子を選べばいいだけだろ。滝崎真紀か、それとも渋井里穂か。
つーか、滝崎真紀の一択なんだろ。渋井って奴とは、ただの友達なんだろ? もう滝崎の弁当食ってお終いにすりゃあ、いいじゃないか」
「里穂が傷つくかと思って」
「なら弁当作らせる前に、ハッキリ言うべきだったな。とにかく、いまさら仕方ねぇだろ。誰かに惚れられても、それに答えてやれねぇなら、やることは一つだけだ。ちゃんとそのことを伝えて、恋を終わらせてやるんだよ。それが惚れられた責任ってもんだ」
「英樹……良いこと言うね」
「または、セフレにするルートもある」
「台無しだな」




