02
クラスに入り自分の席に付く。ボッチはこういうとき楽でいい。たいして仲良くもない同級生に挨拶する手間が省けるから。
まだホームルームまで時間があるので、スマホを取り出しソシャゲでもする。無課金プレイをしながら、あくびをかみ殺す。
誰かに名前を呼ばれている気がするが、気のせいだろう。このクラスに、僕に声をかける奴はいない。
いや、英樹が教科書でも借りに来て、廊下から呼んでいるのか? ちらっと教室の出入り口を見たが英樹の姿はなし。
やはり気のせいか。ソシャゲに戻る。
「高尾くん! さっきから呼んでるんだけど」
驚いた。真紀さんか。
「あ、滝崎さん。おはよう」
いま僕を下の名前で呼んできたのか。僕も頭の中では『真紀さん』と下の名前で呼んでいるし、お互い様か。
しかし僕は実際には、『滝崎さん』と苗字で呼ぶ。カースト最上位は遠慮がないな。
「なにしてるの?」
真紀さんが僕のスマホを見る。
「ソシャゲ」
邪魔しないでくれるかな。とは口に出して言わないが、ニュアンスに出してみた。我ながら素っ気ない気もするが──昨日のことがなければ、もっと丁寧に接しただろう。
別に同情告白されたことを怒っているわけではない。もう、どうでもいいという気持ちだ。
よって、滝崎真紀のこともどーでもいい。
「私も楽しめるかな?」
「何のこと?」
「君がやっているソシャゲだけど」
「ああ──うん、楽しめるんじゃないかな」
人気タイトルだし。ただ課金しないと色々と辛いが。
少しして真紀さんは気まずそうに言った。
「昨日の放課後のことだけど」
「もう気にしないで。いまさら謝罪されても落ち着かないだけだし。もう済んだことだよ」
「え。私は謝る気はなかったけど」
ホームルームの時間になったのでスマホを鞄に入れる。
謝罪が欲しかったわけではないけど、少しがっかりした。真紀さんは同情告白の失礼さに気づいていないらしい。
「なら余計に良かった」
「ねぇ高尾くん──」
担任が入ってきたので真紀さんは口を閉じた。
▽▽▽
昼食の時間となった。弁当を取り出し、自分の机で食べる。英樹と学食に行くこともあるが、最近は稀になってきた。クラスが別々だと学校内では接点が減るものだ。
「お弁当派なんだね」
視線を転じると、真紀さんが僕を見ている。
「安くて済むし」
「ふうん。高尾くんがお弁当派とは知らなかったよ」
真紀さんは気づいていないが、今の発言はあることを意味している。
僕が真紀さんと隣り合う席になって、2か月は経つ。その間、僕は9割は弁当を持ってきていたのに『知らなかった』らしい。
これは、どれだけ僕に興味がなかったか、ということだ。
別にそれは構わない。カースト最上位に、最底辺に関心を持てとは言えない。
ただ気になるとしたら、なぜ今頃『知った』のだろう。
「……」
真紀さんは机に頬杖をついて、僕を眺めている。人に見られながら食べるのは落ち着かない。
「滝崎さん、どうかしたの?」
「私、君のことを『高尾くん』と呼ぶことにしたけど、いいよね?」
ここで拒否したら、よほど性格が悪い。
「いいよ」
「私のことは『真紀』と呼んでいいからね」
「僕がどう呼ぶかは、僕の勝手では?」
この返答は少し辛辣だったかもしれない。案の定、真紀さんは眉間にしわを寄せた。怒ったのか、不愉快に思ったのか。
または傷ついたのか。
隣の席のカースト最上位に悪感情を抱かれると、あとあと面倒かもしれない。
「ごめん……真紀さん」
真紀さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「うん、よろしい」
ふざけた感じでそう言う。
「お~い真紀、学食行こ~」
真紀さんの友達が呼んだので、「いま行く」と答え真紀さんは席を立った。
ただ立ち去りぎわ、僕に向かって、
「私も次からは、お弁当にしようかな」
真紀さんが歩き去るのを見届けてから、僕は弁当に向き合った。メニューは昨夜の夕食の残りを中心に仕上げたもの。
箸を取りながら、あの笑顔は反則かもしれないなと考える。