19
英樹が珍しく朝練に出るというので、僕はひとりで登校した。
弁当ダブルブッキングの件、早々に当人たちに伝えて謝罪しよう。
その上で、責任もって2人の弁当を完食する。昼に備えて、朝食は抜いてきた。
昨日は失態続きだったので、今日はうまくやろう。
下駄箱で上履きに履き替えていると、石戸に声をかけられた。
「おはよーさん、水沢」
「……」
タイミングからして、僕が来るのを待機していたようなんだが。
「おい、シカトすんなよ水沢」
口調はふざけている感じだが、親しみは感じない。
「おはよう。じゃ」
スルーして通り過ぎようとしたところ、肩に腕を絡めてきた。
「まてよ。ちょっと用があるんだ」
「なら、ここで話してもらえるかな?」
「まぁ、来いって」
どうやら石戸は僕を連れていくよう命じられていたらしい。
石戸をパシリに使える人物は、一人しか思い当たらない。
石戸の案内で向かった先は、視聴覚室だった。朝は使われないので、こっそりと話し合うには便利か。
本庄千沙は、窓際に置いた椅子に座っていた。
僕が視聴覚室に入ると、石戸が退去。よく調教されているなぁ。
僕は本庄の傍まで向かった。
「僕に用があるみたいで」
本庄千沙は、どことなく雰囲気が真紀さんに似ている。
ただ真紀さんと違って、僕には欠片も好意を抱いてくれていないが。
「呼び出すみたいになって、ごめんね。ただ教室だと人が多いから。キミとは一対一で話さなきゃと思っていたんだよね。ま、座って」
そう言って、近くの椅子を指さす。
僕は言われるがまま椅子に座った。
「それで?」
「それで──時間もないし、簡潔に話そっか。水沢くん。私は、キミが誰と付き合おうと反対じゃないよ。本当に。三咲なんかはさ、キミと真紀が付き合うのを私が邪魔すると思っているようだけど。それは誤解」
「はぁ」
「ハッキリ言うとね。私も、そこまでヒマじゃない。他人の恋路の邪魔をする労力で、もっと色々なことができるからね」
正論だ。
しかし、とりあえず聞いておく。
「だけど、長本三咲はカーストの崩壊を気にしていたようだよ。それに本庄さん、あなたも気にするだろうとも」
すると本庄は楽しそうに笑った。
「まさか、キミも三咲に同感だったりするの?」
「え?」
「キミが真紀とカップルになったとたん、カーストが崩れ去るって?」
「えーと。まぁ僕は最底辺で、真紀さんは最上位だから──」
「あのね、水沢くん。スクールカーストって、キミが思っているより柔軟なんだよ。キミが真紀とカップルになり、それがクラスで公けになったとしようか。どうなると思う?
初めは、多くの同級生が違和感を覚えるかな。けどね、そのうち慣れる」
「……慣れる」
「そう。そして、あるときキミは気づく。自分が、上位カーストに仲間入りしていることを」
「まさか」
「本当だよ。真紀は、学年一の美少女。最初のころは、どうして水沢なんかと? と反感を抱く人もいる。
けど慣れてくるに従って、キミを見る目が変わる。なぜかって? 真紀に好かれるということは、メジャー系部活に入って活躍するくらいのステータスだから」
そういえば、はじめ真紀さんが同情告白してきたのも、そんな理由だったっけ。
「なんか気に入らないな」
「気に入らなくても、そういうものだから。あ、だから心配しないでね。三咲と亮平が、キミに敵意を持ってイジメを画策していたようだけど──」
そういえば、長本三咲が『地獄を見せてあげる』とか言っていたな。
3P事件のせいで、すっかり忘れていたが。
「私が止めておいたから」
「それは面倒が起きなくて助かるけど。どうして、僕を助けてくれるんだ?」
本庄は意外そうな顔をして、
「分からない?」
「分からないといえば、分からない」
「私、心が優しいから」
「……なるほど」
つかみどころのない人だな。
真紀さんが手こずるわけだ。
「じゃ用件は済んだみたいだね」
僕が立ち上がろうとすると、本庄は止めた。
「これからが本番だよ、水沢くん」
「え?」
「キミさ。いま両手に花だよね? 真紀と里穂で──2人にお弁当を作らせてさ」
どうして知っているんだろ。里穂はともかく、真紀さんが本庄にわざわざ話したとも思えないが。さすがにクラスのボスだけはある。
本庄はほほ笑んだが、目は冷たい。
「その両手に花を、今すぐやめなさい」
「つまり?」
「真紀か里穂。どちらか選びなさい。2人のお弁当を食べればいいとか、そんな安易な結論、私が許しません」
あれ、この人──
真っ当なことを言っているぞ。
だからといって、命令されるのは好きじゃないが──。
僕は席を立った。
「お弁当は2つとも食べる。せっかく作ってもらったんだからね。しかし、あなたの助言は聞こう。それでいいかな?」
本庄は答えた。
「もちろん」