18
僕はウーロン茶を飲んで、ひとつ深呼吸した。
この修羅場を乗り越えるにあたって、何を重視するべきなのか?
それは3人のメンタルの傷を、できるだけ軽く済ますことだ。
そして現在、最も深手を負っているのは里穂。
つまり、もう里穂を傷つけちゃだめだ。
ここからは『里穂ノーダメージ戦略』でいく。
とすると、いま僕が発言するべきことは──
「ノー」
真紀さんと里穂が、同時に僕を見た。
そして同時に聞いた。
「「ノー?」」
「さっきの真紀さんの質問の答えだよ。僕は真紀さんを異性として、好きではない。だから、ノーだ」
とたん里穂が少し元気になったように見える。
一方、真紀さんは傷ついた表情でうなだれる。
「そっか……私のこと、やっぱり好きじゃないよね。ごめんね、高尾くん。昨日いい雰囲気だったから、ちょっと勘違いしちゃって」
しまった。今度は真紀さんのメンタルにダメージが。
どうすればいいんだ。
こうなったらもう、これしかないのか──
「あのさ、3P……する?」
場が凍り付いた。
まず真紀さんが冷ややかに言う。
「高尾くん、今そういう悪い冗談に付き合う気分じゃないから」
続いて里穂が、こちらは顔を真っ赤にして言った。
「高尾、そんなエッチなこと──もう最低よ!」
「……」
こうして昼食はお開きになった。
なるほど。これが英樹の作戦だったのか。
僕自身が悪役となることで、真紀さんと里穂の争いを止めるという。
確かに痛みを伴う解決法だったが、うまくいった。さすが親友だ。
なんか泣きたくなってきたけど。
▽▽▽
その夜。
英樹に報告し忘れていたので、電話した。
「英樹。あのあと、3P作戦でうまくいったよ。ありがと」
『え……高尾。お前、ガチで……3Pでうまくいったの?』
「そう」
『……マジでやっちゃったの?』
つまり、『3Pを提案して悪役になったのか?』という意味か。
「マジでやっちゃったよ」
『高尾ぉ……高尾ぉぉ……高尾ぉぉぉ! どうしてオレも誘って、4Pにしてくんなかったんだぁぁぁぁ! 親友じゃなかったのかぁぁぁぁぁよぉぉぉぉ!』
通話を切った。
やっぱりダメだな、この親友。
スマホを机に置いたら、すぐに着信があった。英樹かと思ったら、真紀さんだ。
「もしもし」
『高尾くん。昼間は色々あったけど、明日の約束は変わってないからね』
「約束?」
『ほら昨日、約束したよね? 私がお昼のお弁当を作ってあげるって』
実際のところ、そこまで明確な約束ではなかったが。
「それより昼間の暴言だけど──」
「3Pする」発言を謝罪しようと思ったのだ。
だが、真紀さんが遮るようにして言った。
『心配しないで、高尾くん。あのときはショックを受けたけど、今なら理解しているから。あれは里穂のためを思っての発言だったんだよね?』
そうそう。真紀さんと里穂の争いを終わらせるため、僕が悪役を買って出て──
『里穂を傷つけないため、私にノーと言ったんだよね? つまり、〔私を異性として好きではない〕というのは、里穂のための嘘なんだよね?』
そっちの話か。
真紀さんの解釈は、あながち間違ってはいないが──。
にしても。
こういうとき、真紀さんの最上位としての自信、というか『地』が垣間見れるなぁ。
真紀さんは続けた。
『ところで高尾くん。何か好きなお弁当のおかずはある?』
弁当を作ってもらうだけでなく、注文までしていいのだろうか。
ただこういうとき、「なんでもいい」と答えるのが一番迷惑とも聞いたことがある。
そこで何点か好きなおかずを言った。
『──うんっ、わかったよ。また明日、学校でね。お弁当、お楽しみに』
「ありがと。じゃあね」
通話を終える。
すると待っていたかのように新たな着信があった。
今度は里穂からだ。
「もしもし」
『高尾……昼間の暴言だけど、今なら謝罪したら許してあげるわよ』
「念のため聞くけど、どの暴言?」
『どのって、あの、3……もう言わせないでよね、高尾のエッチ!』
あ、今回は僕の思っているのと同じ暴言だ。
「ごめん、悪かった」
『もういいわよ。それより、高尾っていつも弁当持参しているわよね?』
「まあね」
『明日は持って行かなくていいわよ。どうしてだと思う?』
「どうして?」
『あたしが、その、作って行ってあげようかなと、思って……もしかして迷惑?』
こう答えるべきだ。
もう真紀さんが作って来てくれることになっているよ、と。
しかし、気づけばこう返答していた。
「……迷惑なんてことはないよ。嬉しい。楽しみだ」
『そ、そう? 良かった。ところで高尾って、苦手な食べ物ってあるの?』
「しいて言うなら、アスパラガスかな──」
こうして、お弁当のダブルブッキングが発生したのだった。
また悩みごとができた。しかも自業自得で。
ただ、一つだけハッキリしていることがある。
英樹には、助言を求めないでおこう。