17
沈黙を破ったのは、里穂だった。
うつむいたまま小さな声で、
「もし…………………………………………していたら、答えはどうだったのよ?」
「ごめん、よく聞こえなかった」
里穂が顔を上げる。
「もし、ちゃんと告白と理解していたら、答えはどうだったのよ?」
「それは──」
今いちばん問われたくない質問だ。
「正直に、言っていいのかな?」
「当たり前でしょ」
「もう泣かない?」
里穂は目元を手首でぬぐった。
「もう泣かないから」
「そのとき告白と理解できていたなら、OKしていた。たぶん」
これに反応したのは真紀さんだった。
「えっ。高尾くん、里穂のことが好きだったんだ?」
「友達として好きだったよ」
とたん真紀さんが溜息をつく。呆れと安堵が混じっていた。
「友達としてって……。高尾くん。そういう悪意のない無神経さが、どれほど女の子を傷つけることか」
最上位の無神経さで同情告白してきた人が、よく言う。
すると里穂が訴え気味で言った。
「友達としての好きでいいじゃない。そこから本当の愛が芽生えることもあるのよ」
対して真紀さんが指摘する。
「そういう中途半端な関係は不幸を生むだけだよ」
「まって。真紀って、男の子と付き合ったことあるの?」
「ないよ」
「経験ゼロのくせに、なんで偉そうなこと言えるのよ!」
真紀さんは諭すように言う。
「分かるものは分かるんだよ、里穂」
僕は腕組みした。
「友達として好きがダメだというなら、僕はどう答えればいいんだろ?」
「私がこれから、単刀直入に質問するね。高尾くんは優柔不断を捨てて、イエスかノーかで答えること。分かった?」
「……了解」
「では──」
真紀さんは一拍開けてから、
「里穂のことを異性として好き?」
「嫌いじゃない」
「高尾くん。イエスかノーと言ったよね?」
「……ノー」
ノーと言ってしまうと、里穂のことを嫌っているようになる。
もちろん嫌いではないし、友達としては好きだった。
ただ『異性として』を強調されると、また話は変わってくる。
確かに里穂は可愛いし、片思いしている男子も多いだろうが。
……うーん、なんだこの難しさは。
だから、僕はボッチが良かったんだ。
ちなみに里穂は、僕が「ノー」と言ったとたん、テーブルに突っ伏して泣き出した。
「里穂、なんかごめん……」
「高尾くん、まだ質問は終わってないよ」
「え、まだあるの?」
「私のことは異性として好き? イエスかノーで」
とたん里穂が跳ね起きた。
「真紀! どさくさに紛れて、なに高尾から気持ちを聞き出そうとしているのよ!」
「別に私の勝手だよね、里穂?」
「あ、でも待って。真紀は、高尾と付き合っているんじゃなかったの?」
「それは……」
里穂が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「墓穴を掘ったわね、真紀。やっぱり高尾と付き合っているというのは、嘘だったのね。だから今、高尾の気持ちを聞き出そうとしたのよ。けど、そんなことあたしがさせないわよ」
「里穂はなんの権限があって、私の邪魔をするのかな?」
真紀さんの声は穏やかだったが、これはかなり怒っているな。
このままだと、つかみ合いの喧嘩に発展しかねない。
そこで僕は仲裁に入ることにした。
「真紀さん、里穂。もう少し友好的にいこうよ。ね?」
里穂が僕を見やる。
「高尾は黙ってて」
対して真紀さんが、
「ううん、黙らなくていいよ。それより高尾くん、さっきの質問にまだ答えてないよね? 私のことを異性として好きか、イエスかノーで答え──」
「ノーよ、ノー!」
「誰も里穂には聞いてないよね?」
「高尾の気持ちを代弁したのよ。あたしたち大の仲良しだから」
「あれ。里穂は、一年間の断絶期間を忘れちゃったのかな?」
「う、うるさいわね。だいたい真紀だって、ついこの間まで高尾と話したこともなかったくせに」
「それは……高尾くんの良さに気づくのに時間がかかっただけで」
「あたしなんて、入学当初から良さに気づいていたわよ」
「けど一年間の断絶期間が入るんだよね」
「しつこいわね!」
この2人、やっぱり仲が悪かったのかなぁ。
場を和ますためには、どうすればいいのか。
ふいにスマホに着信があった。英樹からだ。
天の助けとばかり、僕は電話に出た。
「英樹、助けてくれ。知恵を借りたい」
『お、おう。いきなり、どうした?』
「真紀さんと里穂と昼食に来たら、なぜか修羅場になってしまった」
『……ま、まてよ、高尾。まさかお前、二股デートを同時進行させていやがったのか?』
「だから、二股でもデートでもないって。それより、どうしたらいいんだ? 場を和ませる妙案が欲しい」
『高尾、よく聞け。二股デートがこじれたときは、もうこれしかない。伝家の宝刀を教えてやる』
「伝家の宝刀? それはありがたい」
やっぱり、持つべきものは親友だ。
「で、具体的にはどうすれば?」
『3Pだ!』
通話を切った。
親友ほど使えないものはない。