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「真紀さん。そんな理解不能な作戦変更は受け入れられない。なんで告白されてもいないのに、里穂を振らなきゃいけないんだ」
真紀さんは僕の表情を観察してから、楽しそうにほほ笑んだ。
「高尾くん。もちろん、いまのは冗談だよ。本気じゃないよ」
いや、本気だった。
僕が考えを変える気がないと見抜き、冗談ということでウヤムヤにしたな。
そこを読み解くとは、僕もコミュ力が上がったものだ。
「だけど高尾くん。これは好奇心から尋ねるのだけど──仮に、仮にだよ。里穂がまた告白してきたら、高尾くんはどう答えるのかな?」
「里穂が僕に告白? つまり、1回目の告白ということだね?」
「ごめん、2回目だよね? 1回目は高尾くんが告白を断って──」
「だから、それは冤罪だと──もういい。いい加減、ハッキリさせる」
僕はテーブル席に戻り、里穂に向かって言った。
「里穂。正直に答えてほしい」
里穂は驚いた様子だ。
「ど、どうしたのよ、高尾? あたしのアイスティーは?」
真紀さんが里穂の前にグラスを置いた。
「どうぞアイスティー」
里穂は疑わしそうにアイスティーを見た。
「コーラとか混ぜてないでしょうね?」
「……私、そんな低次元なことしないからね」
とりあえず、僕たちは席についた。
里穂はアイスティーをひとくち飲んで、落ち着いた。
「いいわ、高尾。何が聞きたいの?」
「事の始まりだよ。里穂。君さ、去年のいまごろ、僕に告白なんてしてないよね?」
とたん、里穂は耳まで真っ赤になった。
残りのアイスティーを一気に飲み干す。
「も、もう、その話は終わったことにしたんじゃないの? 触れちゃいけない禁忌にしたんじゃなかったの?」
「その反応──まさか、本当に告白してたの?」
里穂は目を潤ませつつ、自棄になった様子で言った。
「し、したわよ! もう、なんで言わせるのよ! それで高尾が断ったんでしょ。はい、そうよ! あたしは高尾に振られたのよ! これで満足!?」
まさか誤解じゃなかったのか。
僕は告白され、しかも断っておきながら記憶にないのか? それはさすがに最低を極めすぎだろ。
なんだか自分が信じられなくなってきた。
「……ちなみに、いつの話?」
里穂がぽかんとした顔になる。
「え? なに言っているの?」
真紀さんが説明役を買って出てくれた。
「高尾くんの言い分ではね、里穂に告白されていないと言うの。告白されてないから、もちろん振ってもいないって。だからね里穂、どんなふうに告白したのか話してあげて。そうしたら高尾くんも思い出すだろうから」
里穂は涙を流し出した。
「お、覚えてないって、どういうことよ! あたし、初めての告白だったのに! それを──酷いわ、あんまりよ!」
「ご、ごめん。その、僕が悪かった。だから頼むから、告白の時のことを話してくれ」
真紀さんが里穂の背中を撫でて慰める。
「話せる、里穂?」
里穂はしゃくり上げてから、うなずいた。
「あれは休日のことだったわ。あたしと高尾は一緒に出掛けたの。その帰り道、土砂降りにあって。2人とも傘を持ってなかったから、閉まっていた商店の軒下で雨宿りしたの。2人で寄り添って、すごく雰囲気も良かった。だから、あたしは勇気を出して言ったわ。『これからもずっと、2人でこうして一緒にいたい』って」
「少し遠回しだけど、里穂は『高尾の恋人になりたい』という意思表示をしたんだね。で、高尾くんはそれに何て答えたの?」
その記憶なら、ちゃんとある。
確かに雨宿りしていて、里穂は言ったんだ。
『これからもずっと、2人でこうして一緒にいたい』と。
僕はこう解釈した。
『土砂降りの中2人でずっと雨宿りしていたい』という意味だと。
そこで、なんと答えたかというと。
「僕は『勘弁してくれ』と言った。……いや、だって土砂降りだったし、靴下まで濡れてたし……」
真紀さんは溜息をついた。
「つまり、里穂の言葉を額面通りに受け取っちゃったんだね」
「普通、それで愛の告白だなんて思わないから! ……え、思わないよね?」
沈黙が降りた。
これ、僕が悪いのか?