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『──というのは冗談だよ、高尾くん』
冗談? いまの口調が冗談? 真紀さんから軽い怒りを感じ取ったのは、僕の気のせいだったのか?
気のせいだったのだろう。
気のせいということにしたい。
『それより高尾くん、聞いてもいいかな? どうして里穂とデートすることになったの?』
「真紀さん、別にデートじゃないよ」
『そうなの?』
「そうだよ。とにかく事情を聞いてもらえれば、すべて納得するはずだから──」
というわけで、事の真相を確かめるため里穂に電話したことを話した。真紀さんが追及してきたので、会話の内容まで詳しく。
『そうなんだぁ、ふーん』
なんだろうか。いまの真紀さんの「ふーん」には深い意味が込められていたような。
「……別に構わないよね、真紀さん。明日、僕が里穂と出かけても」
『もちろんだよ、高尾くん。だって、私は高尾くんの恋人ではないよね? たとえ恋人だとしても、私は彼氏を束縛したりはしないよ。でも、そもそも恋人じゃないんだからさ。だって高尾くん、私と付き合うのは嫌なんだものね?』
「……」
改めて嫌なのかと問われると──嫌じゃない。
それどころか今なら、告白されても断ったりはしない。
真紀さんのことをよく知るようになったから。
これをどう伝えたらいいか。
僕が考えていると、真紀さんは慌てたように言った。
『ごめん、高尾くん。変なこと言っちゃったね。いまのは忘れて』
「え? いや、ちょっとまって。まだ話は終わって──」
『明日の里穂とのデート、うまくいくといいね。ばいばい』
そして通話が切れた。
僕はスマホを枕に放ってから、誰にともなく言った。
「だからデートじゃないって」
▽▽▽
──滝崎真紀──
私はベッドの上で仰向けになって、天井を見ていた。
この気持ちはなんだろう。
胸の奥が苦しい。
原因は分かってる。高尾くんが里穂とデートすると知ったからだ。
ちなみに当人が否定しようとも、里穂と出かけることはデートの定義に当てはまる。
だけど、どうして高尾くんが他の女の子とデートするからって、私はこんなに苦しんでいるの?
まるで私が、高尾くんのことを好きみたい。
好き?
そうだ、私は高尾くんが好きなのだ。
初めて、そのことを明確に意識した。でもいつからだろう? いつから私は、彼に恋にしていたんだろう?
そんなこと分からなくていい。
大切なのは、いまの私の気持ちだから。
つまり、私は高尾くんが好き。
だから明日、里穂とデートして欲しくない。
けど今更、「行くな」とは言えないし──
スマホに着信があり、私は嬉しくなった。きっと高尾くんからだ。
だけどディスプレイの表示を見て、気持ちは沈んだ。
千沙からだ。
私は電話に出る前に、深呼吸した。自然と身構えてしまう。
確かに千沙は友達だ。
だけど──千沙と会話していて、心が落ち着いたことはない。
通話をタップする。
「もしもし──」
『やっ、真紀。さっき三咲から素敵なことを聞いたんだけどね。真紀に恋人ができたみたいって。本当なの?』
千沙は明るい口調でそう問いかけてくる。
「……そうだよ、千沙」
『相手は、水沢くんだって?』
「うん。そう高尾くん」
『そっかぁ……良かった』
「え?」
『真紀にも好きな人ができて。真紀ってさ、自分のまわりに壁を作るタイプだから。水沢くんは、そんな真紀の壁を崩したんだねぇ。やるじゃん、水沢くん』
「……うん、そうかも」
『わたし、真紀のこと応援しているからね。真紀が幸せになること、願ってる』
「ありがと、千沙。千沙は優しいね」
『当然だよ、真紀。わたしたち友達だもん。わたしはどんな時でも、真紀の味方だからね──じゃ、またね』
「じゃあね」
通話が切れた。
千沙は応援してくれるそうだ。
もちろん、そんな言葉に騙される私ではない。
だって私たちは、『友達』だから。
千沙のことはよく分かっているつもり。
千沙が、私と高尾くんの交際を快く思っていないのは明らかだ。
そして千沙は、最後には欲しいものを手に入れる。少なくとも、これまではそうしてきた。
明日、高尾くんが里穂と和解できるかどうか。
ふいに、それがとても重要なことになってきた。
千沙は里穂のことを、幼馴染として大事に思っている。
里穂が高尾くんを許せば、千沙の高尾くんに対する印象も変わるはず。
正直、高尾くんが他の女の子と出かけるのは、イヤな気持ちになる。
しかもお洒落なパスタ店だし。
だけど、今回だけは──
「がんばってね、高尾くん」
……あれ。
高尾くんは私の恋人、と千沙たちは思っている。
それなのに里穂とデートするということは、一般的にアレだと思われるのでは?
つまり、二股と。
「……このままだと、余計にこじれるかも」