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「里穂の計画なんだけど。小夜が弱みを見せたところを押さえるため、小夜の部屋に忍び込む──らしいよ」
一体どんな弱みなのかは、ぼかす。これを慎重策または、日和ったというのである。
「高尾くんと里穂の二人で?」
真紀さんは何やら考え込んだ様子で、それから言うには、
「やっぱり、私も参加するよ」
里穂が戻ってきて、真紀さんを見てから、僕に問いかける眼差しを向けてきた。それから肩をすくめて、
「じゃ行きましょう。小夜がさっき、廊下の自販機に歩いていくのを見たわ。忍び込むならば、いまよ」
ということで出発。ふいに里穂が近づいてきて、囁いてきた。
「真紀にちゃんと計画話したの? まさか一部ぼかしたとか? そこはいいけど、長丁場になると話したんでしょ?」
「えーと、いやそこまでも話してないけど。それだと問題が?」
「トイレ問題を、あなたは舐めているわね高尾」
とにかく小夜の部屋に入るにあたって、僕の手持ちにある鍵が役に立った。RPGでいうならば、『ここの扉の鍵を入手していたので、隠しダンジョン入れるぜ』的な。
まてよ。ここでアイテムリストに『小夜の部屋の鍵』がなければ、ここで里穂は計画を断念せざるをえなかったはず。くっ、失敗した。
何はともあれ、小夜の部屋に不法侵入。犯罪だっ。それから押し入れの上の段に上がる。このときなぜ三人で上に上がったのかよく分からないが、無駄な連帯感が発生したものと思われる。
結果として、実に狭いところに三人で閉じ込められたようなものになった。
こうも狭いところで密着することになると、互いの体温まで感じられる。あとは、あれだ。お互いの香りというか、匂い的なものも。これは困るぞ。
とにかく押し入れの扉をうっすら開けているので、そこから外が見られる。
小夜が戻ってきて、就寝前の手続き(いろいろとある)をとってから、電気を豆電球にして布団に入る。小夜が寝るときは『真っ暗にする』派でなかったのは良かった。
小夜に聞こえないように、里穂の耳元で囁く。
「里穂。小夜がこのまま熟睡する可能性高しなんだけども」
里穂がなぜか体を震わせてから、
「あたしの耳元で囁くなんて、テクニシャン?」
「『?』でなにを聞く」
「とにかく見守るのよ」
小夜は仰向けになって、両手を交差して、静かに眠りについた。
……ほら、寝たじゃん。里穂の計画は、かくして壊れた。うーむ。まぁこうなると思ったけども。
「ドラキュラよ」と里穂
「え?」
「あの寝方は、ドラキュラよ。小夜は吸血鬼だったのね」
「……いや、言いたい気持ちは分かるけども。とにかく逃げるぞ」
出るためにさらに押し入れを開こうとしたとき、急に小夜が起き上がった。この起き上がりかたが、確かにフィクションのドラキュラ風の、腰のところでぐっと起き上がるやりかた。怖い。この薄暗いなかで、これは怖い。
慌てて里穂の耳元で「ここでとまるんだ里穂」と言うと、里穂が「ひゃんっ」とあえぎ声をあげる。そんな声をあげている場合か。
とにかく押し入れを開こうとしていた動作がとまる。
ここで息をのんで見守っていると、小夜がゆっくりと身体を戻していく。そして再度、両腕を交差させて眠りにつくのだった。
里穂が吐息をついて提案。
「こうなったら小夜がもっと深い眠りに入るまで、待つしかないわね」
「うん」
待てよ。確か睡眠というのは、ノンレム睡眠から始まり、一気に深い眠りに入るんじゃなかった? そして1時間ほどで、徐々に眠りが浅くなるレム睡眠とやらに移行するとかしないとか。
このどこで仕入れたかも忘れている睡眠知識が本当ならば、このままでは小夜の眠りは浅くなる一方なのでは?
いま出なければ、より出られなくなる。しかしいま出ようとしても、小夜が気づく可能性大。忍び込んでいたことがバレたら、一体どんなことになるやら。
「里穂。なんて逃げ道のないところに追い込んでくれたんだ」
「だから、耳元で囁かないでってば」
しばしして、真紀さんが静かなのに気づいた。
「真紀さん、大丈夫?」
すると、この薄暗さの中でも分かるほどに、真紀さんは頬を赤らめつつ、僕の耳元で囁くわけだ。
「……高尾くん、お手洗いに行きたいんだけど」
なるほど。耳元で囁かれると、いろんな意味で破壊力がある。
とにかく、僕は変な声を出さなかった。そこが里穂と違うところだ。で、里穂に真紀さんの現状を伝えると、里穂は謎のドヤ顔で、
「だから、トイレは大事といったでしょ」
うーむ。なんか腹立つ。
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