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天使な真紀さんが言う。
「だけど条件があるよ、小夜さん。勝負は一戦で決めようよ。わたしが勝ったら、里穂の負けは取り消しということにして」
小夜は小首をかしげて、何やら考え込んだ。それから、目を輝かせて言うのだ。
「構いませんよ。それにわたくしが負けたら、ちゃんと脱ぎましょう。ですが、滝崎さんが負けたら、全裸で逆立ち一周していただくとしましょうか」
「逆立ち一周──」
と、さすがに怯む真紀さん。しかし何か覚悟を決めた様子で、
「いいよ、小夜さん。約束は守ってよね」
破滅フラグを折らないと! 大慌てで!
真紀さんの手をとって、部屋の隅に移動。自然に手を握れた、とか言っている場合ではない。
「真紀さん、そんな無謀なことをしてはダメだよ。里穂のことは、骨を拾ってあげればいいんだから」
部屋の中央から、里穂が大声で言ってきた。
「そっちの会話聞こえないけど、あたしを崖から突き落とす相談でしょー!」
真紀さんは僕の手をとり、力強くうなずく。
「大丈夫。逆立ちには自信があるから」
よし、真紀さんが天然ボケであることを初めて知った。
「そうじゃなくてさ。全裸という点を忘れてないかな。小夜は本気でやらせるよ。ヤンデレの凄みを舐めないで」
「心配してくれてありがとう、高尾くん。でも大丈夫。わたしには必勝法があるから」
だいたい『必勝法がある』を信じちゃダメ。
「真紀さん。必勝法がある詐欺に自分で引っかかってない?」
「そんな高等な詐欺には引っかかってないと思うけど」
「それで、どんな必勝法があるの?」
「実はね、小夜さんには癖があるよ、高尾くん」
「癖?」
「そう。実は小夜さんと里穂のジャンケン対決、千沙と一緒に、こっそり廊下から見守っていたのだけどね。小夜さんはチョキを出すときだけ、出す右手を少し下げる癖があるんだよ」
「つまり、チョキを出すときは分かる、というわけ?」
「そうだよ高尾くん」
すると、どうなる? 小夜がチョキを出す癖を示したら、真紀さんはグーを出せば勝てる。
一方、チョキを出す癖を示さなかったら?
その場合、小夜が出すのはグーかパー。よって真紀さんは、パーを出しておけばいい。そうすれば負けはない。おお、勝てるぞ、本当に。
中央に戻り、待ち構えていた小夜と対峙する真紀さん。
「では用意はよろしいですね、滝崎さん?」
「いいよ。ジャンケン──」
小夜の右手が少しだけ下がる。この癖が出たということは、これはチョキだ。チョキがくるぞ。
よって真紀さんがグーを出せば勝てる。小夜を出し抜ける。天国の英樹も泣いて喜ぶだろうなぁ。
まてよ。井出小夜という生き物は、果たして出し抜けるものなのだろうか。
いや出し抜けはしない。それは重力が反対になって、空に落ちていくようなものだぞ。
「まった。真紀さ──」
しかし時すでに遅し。
真紀さんがグー。
小夜がパー。
「おや、自信満々でグーを出してきたのは、何か必勝法でも見つけましたか? もしかすると、滝崎さん。あなたは、わたくしの存在しない癖でも見抜いていたのでしょうか?」
まさか、真紀さんが『チョキを出すときだけ右手を下げる』癖を見抜くと想定して、わざと少しだけ下げていたのか。つまり、フェイクの癖だった。
そして真紀さんはまんまと罠にはまり、負けてしまった。
これが本当の必勝法詐欺だというのか。
ヤンデレ小夜、恐るべし。
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