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いやいや。
やはり、おかしい。
告られて断っていたら、さすがに記憶にあるはず。
「冤罪だ」
真紀さんは小首を傾げた。
「高尾くん、それは往生際が悪いと思うよ。『告白してフラれた』という嘘を、里穂がつく理由がないものね」
確かに。里穂は僕を陥れて楽しむような性格ではない。
だとすると、何らかの誤解が起きたのか。
しかし、どんな誤解が起きたら、こうなるかなぁ?
「もしかして真紀さん。最近の女子高生は、暗号文で告白したりするのかな?」
暗号文なら、僕が気づかなかった理由も納得だ。だが──
「高尾くん、大丈夫?」
真紀さんに真顔で心配された。
▽▽▽
その後、真紀さんとは他愛無い会話をした。なんの教科が好きだとか、そんなことを。
気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。楽しい時間は早く過ぎるというが──そういうことか?
「そろそろ帰ろっか」
駅まで戻り、電車に乗る。
浜駅に停車するため減速し始めたころ、真紀さんが言った。
「また月曜日にね、高尾くん」
「うん、じゃあね」
「あ、そうだ。高尾くん、月曜からお弁当は持ってこなくて大丈夫だよ」
「え? どうして?」
真紀さんは悪戯っぽく微笑んだ。
「それはお楽しみに、かな」
浜駅からの帰り道、真紀さんの発言について考えてみる。
真紀さんが手作り弁当を持ってきてくれるのか、または学食か購買で奢ってくれるということなのか。どちらにせよ、弁当の用意をしなくていいのは有難い。
ただ、どうお礼をしたものか──月曜になったら考えよう。
「さて──」
僕はスマホを取り出した。電話帳アプリをタップ。
里穂に電話しても、拒絶されると分かっている。だが、ボッチは空気を読まないものだ。それにまだ仲が良かった頃とはいえ、電話番号を教えたほうが悪い。
あ、普通に着信拒否にされているのかな?
と思ったら、里穂が電話に出た。
『た、たた、高尾! な、なんで電話してくるのよ?』
意外と拒絶されている感じでもない。
「里穂の声が聞きたくなって」
『え、あたしの声が……本当?』
「いや冗談」
『じょ、冗談、なんだ……』
なぜか落胆している様子。
里穂って、こんな感じだったかな。一年ぶりの会話だから、調子が悪いのかもしれないが。
「そんなことより一度、会って話したい。ハッキリさせておきたいことがあるんだ」
『ええ! あたしとデートしたいってこと?』
「その手の冗談はもういいから。とにかく、里穂と直接会って話したい」
このまま電話で済ませても良かったが、直感的にそれは避けた。恐らく電話では、さらにややこしくなる。
「里穂の目を見て話したいんだ」
里穂が嘘をつくとは思えないが、念のためだ。まぁ相手の目を見たからといって、嘘を見破れるわけでもないが。
『あ、あたしの目を見たいの? ど、どうしたのよ、高尾? いきなりそんな、積極的なこと』
積極的? 確かにそうかもしれない。
去年、里穂が僕を避け始めても、僕は理由を聞こうとしなかった。たぶん、それがいけなかったのだろう。失敗は繰り返すなというし。
「これから会えるかな?」
『これから会うなんて、無理に決まってるでしょ。あたしだって、心の準備というものがあって──』
心の準備? なんだそれ。里穂は昔から変なところはあったが、1年経っても改善されていなかったらしい。
「じゃ明日は?」
『え、うん、明日はいいわよ。どこに行く?』
話し合うには、どこか店に入るか。
「どこか飲食店でも」
『あたし、行きたかったパスタ店があるのよ! そこに行きましょ!』
なぜか、里穂ははしゃいでいる。これが1年間、僕を無視していた女子の態度か?
「……じゃ、そのパスタ店で──割り勘だよ、念のため」
それから待ち合わせ場所などを決めて、僕は通話を切った。
その数分後、今度は英樹から電話があった。
『高尾。明日、うち来いよ。ゲームでもしながら、今日のデートについて聞かせてくれ』
「あ、ごめん。いま用事が入ったばかりなんだ。渋井里穂って知ってるかな? 彼女と出かけることになった」
『……』
「英樹? おーい、どうした?」
『てめぇ、二日続けて別の女子とデートって、それどーいうことだ? なんて羨ましいんだ、畜生!』
「いや英樹はモテるだろ。何を羨ましがることがある。というか、そもそもデートじゃないし」
『……そうか高尾、てめぇも一人前の男になったんだなぁ。オレは、オレはダチとして嬉しいぜ』
今度は、すすり泣きだした。英樹の精神状態が心配になってきたんだが。
『よし高尾! ダチのため、オレが二股のバレねぇ方法を伝授してやっ──』
通話を切る。
▽▽▽
その夜。ベッドに寝転がってソシャゲしていると、ふと思った。
報告すべきなのか?
明日、里穂と出かけることを、真紀さんに?
別に里穂とはデートするわけではないし、そもそも真紀さんとは付き合っているわけでもない。
長本たちにカップル宣言したのも、僕を助けるためだ。
第一、仮に付き合っているとしても、これは報告することなのか? 別の女子と休日に出かけるよと、わざわざ?
迷う。
迷うが──まぁ、報告しても害にはならないだろう。
そこで、
『明日、里穂と出かけることなったよ』
とメッセージを送っておく。
一応、場所も伝えておくか。
『パスタ店に』
これで良し。
と思ったら、着信があった。真紀さんからだ。
「もしもし」
『高尾くん。私はラーメン店で、里穂はお洒落なパスタ店なんだね』
「……」
やはり、報告するべきではなかったような。
あと、誰も『お洒落な』とは言ってないから。