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僕は里穂の手をつかんで、部屋の隅っこまで誘導した。
小夜に会話を聞かれないよう、顔を近づける。
「え、高尾。こんなときにキスするの?」
頬を赤らめた里穂が、くちびるを接近させてきたので、片手で止めた。
「やめなさい。そんなことより里穂。悪いことは言わないから、小夜を分析しようとするのだけはやめるように」
「心配しないで、高尾。小夜が『パーを出すと宣言』したのは、あたしに心理戦で勝つ自信があるから。その傲慢さこそが、小夜の命取りとなるのよ。見ていて、高尾。小夜の裏をかいてみせるわ」
と、自信満々な表情の里穂。小夜に心理戦で勝利するところを想像しているのか、ちょっと目の輝きが怪しい。
そしてこれこそが、小夜の思い通りにされている証拠では?
小夜に聞こえないように、さらに声を潜めて僕は聞いた。
「なにを出すつもり?」
「もちろん、チョキよ」
「……一応聞いておくけど、どういう思考の流れで?」
「簡単よ。
小夜が『パーを出す』と宣言したのは、あたしに『パーだけは出さないつもりね』と思わせるため。その場合、あたしはグーを出すでしょう。グーならば、小夜がグーならあいこ。小夜がチョキなら、あたしの勝ちだもの。
──と、あたしが以下のような思考をたどることを見越した小夜は、あえて宣言どおりパーを出してくるに違いないわ。あたしのグーに勝つために。
そんな小夜の裏をかいて、あたしはチョキを出すのよ」
「………………なるほど」
里穂にしては、よく考えている?のだろうか。正直、途中で頭がこんがらがってきた。
「幸運を祈る」
「幸運なんて必要ないわ。あたしにはこの」
と、自分の頭を指でつつく里穂
「頭脳があるのよ!」
うーん。負けるフラグを立てているようにしか見えない。
小夜の前に戻る。
「よろしいですか、渋井さん。それでは野球拳第1ラウンドを開始いたしましょう。ちなみに本家の野球拳おどりは商標登録されているので、ここはただ『じゃんけんぽん』でいきましょうか」
「いいわよ。じゃん、けん」──「ぽん」
「ぽん」
里穂が、チョキ。
小夜が、グー。
「ま、ま、負けた、このあたしが──なぜ、いやぁぁぁぁぁぁあ!!」
「里穂。動揺しすぎ」
「渋井さん。あなたのことですから、わたくしの手が『あえて宣言どおりのパー』と考えたのでしょう。ですから、わたくしはグーを出させていただきました」
うわぁ。里穂の思考が、すっかり読み取られている。
「……冬で良かったわ。脱ぐのがたくさんあるし」
里穂が右足の靴下を脱ぎ、僕に手渡す。脱ぎたてなのでホカホカしている。
「まて。なぜ自然な流れで、僕に渡した」
「そんなことより高尾。次はあたしが先手をとるわ」
と言って里穂が、小夜にむかってパーを突き出す。
「小夜。次は、あたしがパーを出すわよ。パーを出すわよ、パーを出すわよ」
「繰り返さなくても、了解いたしました。では第2ラウンド──じゃんけん」
「ぽん!」「ぽん!」
里穂が、パー。
小夜が、チョキ。
「おや、またわたくしの勝ちですか。もしや渋井さん、あなたは裏の裏の裏をかいて『宣言どおりのパー』を出されたのでしょうか? そうでしたら、残念でしたね。わたくしは、裏の裏の裏の裏をかかせていただきました。
といっても、それはようは『表』と同じこと。わたくし、ただあなたが宣言のパーを出すとみて、チョキを出させていただいたまで」
左足の靴下を脱いだ里穂が、涙目で訴えてきた。
「高尾! あたしの思考、小夜にぜんぶ読み取られているのだけど!!」
まぁ、意外ではない。