106
里穂がスマホを差し出してきた。
「これが、あたしの弱みよ高尾。高尾にだけは知っていてほしいの」
いじらしく言う里穂。
そうか。君は自分の弱みをさらけだせるというんだね。感動を禁じ得ない。そして里穂の評価が爆上がり。
「本当に、いいの?」
「高尾だからよ」
「分かった、ありがとう」
というわけで、スマホを見てみた。てっきり画像とかかと思ったが、文章。
それも短い。
『渋井里穂は恥をひきずって生きているような人。かつては水沢高尾に片思い中という秘密があったものの、いまや暴露ずみ。弱みの取得には失敗したものの、そもそも弱みがなくとも、操りやすいのです』。
「…………これ、どこが弱みなの?」
なぜか驚愕する里穂。
「え? 解説が欲しいの? 論文くらい長めな解説を、朝まで語ってほしいというのね」
「いや、前言撤回。解説はいらないです」
「つまりね、弱みがない生き方をしているあたしって、もしかして恥ずかしいことなのでは。という意味での弱みなわけよ。分かる?」
理解するべきなのかこれ。どうでもいいことで思考回路に負担をかけている。
「……………………厚顔無恥ってこと?」
「違うわよ! もういいわ。あたし、ちゃんと弱みになるような恥ずかしい情報、ここに記すから。そうね。お尻のほくろを結ぶと、かに座になるとか……見る?」
「いちおう尋ねる。何を?」
「あたしの、お尻のかに座」
頬をそめて言う里穂。ちなみに、まだ頬を染める恥じらいはあったのか、と僕は安心。
「こんどね」
「初夜で?」
「知らん」
しかし、想定以上に僕の握られていた弱みは重かった。里穂のは軽すぎて、ヘリウムガスみたいなものだったけど。
「里穂。オリジナルの弱みデータを、なんとか小夜から奪取しないと」
「そうね、高尾。こんな弱みを握られていては、あたしたち、もう安眠できないわよ」
里穂の弱みは、いまごろ大気圏をこえるくらい軽いんだけど。
「……まぁ、いいや。何か妙案はある?」
オリジナルデータをどこに保存しているかは不明。それに他にコピーを取っていないとも限らない。これは難しいミッションだ。
ところが里穂は、何やら確信を秘めた瞳。頼もしさを感じる表情だ。
「ここは真っ向勝負よ」
「え」
というわけで、僕たちは卓球台のところに戻った。千沙と真紀さんはまだ戻ってきていない。ひとり小夜だけ、椅子に腰かけて瞑目している。
「小夜」
と里穂が呼びかけると、小夜は目をあけた。
「やっとお戻りですか」
里穂がビシッと小夜を指さす。
「小夜。あたしたちと勝負よ。勝負に勝ったら、弱みのオリジナルデータをもらうわ」
なるほど。これが『真っ向勝負』か。確かに小夜は、変なところで正々堂々としている。勝負前に約束したならば、守りそうではある。ただ問題は──
「わたくしが勝ったならば?」
「あたしと高尾が、『未成年はお断り』なエッチなことをするところ、撮らせてあげるわ。ね、高尾?」
『ね、高尾?』のところで、素敵な笑みを見せてくれる里穂。
誰か、この娘をどついてください。




