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『滝崎真紀:裸』の動画ファイルを開こうとしたら、パスワード表示画面になった。
このファイルは暗号化されているらしい。
ホッとしたような、残念なような。いや残念なのか。残念ではないぞ。ホッとしているのだ。
自分を洗脳しおえたところで、つづいて『水沢高尾』のファイルを開くことにする。
しかし、だ。僕は弱みなど発生させていない自信がある。だいたい真紀さんと遭遇するまでは、実にボッチで平穏な学生生活を送っていたわけだし。
ところがファイル内をチェックしたとたん、
「これは──えぇ?!」
恐るべきは、井出小夜。まさか、この情報を握られていたとは。
ふいに背中に指を突きつけられ、耳のそばで里穂が囁いてきた。
「見つけたわよ、高尾。さぁ、そのUSBを寄こしなさい。悪いことは言わないから」
ちょっと吐息がかかって、くすぐったいからやめなさい。
「僕の背中につきさしている人差し指は、何をイメージしているのかな里穂?」
「銃」
いや、それは無理がある。
「そんなことより、このUSBはまさしく『パンドラの箱』だった。何もいわず、もう処分したほうがいい。よし処分しよう」
「まって。それを処分しても、オリジナルのデータは小夜の手元にあるわけでしょ」
「……確かに」
逆にいうと、ここまでの弱みリストを握っていながら、よく小夜は使ってこなかった。
まてよ。このUSBは、獲得したらしたで地獄なのでは。このUSB内の弱み情報を見ることは、小夜と本庄陽菜さんに、どのような弱みを握られているか、知ることになるのだから。
とりあえず英樹がいまだに生きているのが不思議。
「隙あり」
里穂が、僕の背中に体を押し付けてきた。おかげで里穂の胸が、やたらと当たってくる。
それに気を取られたわけではないけど、USBをスマホごと取られた。
スマホをいじりながら、里穂が眉間にしわを寄せる。
「あら『滝崎真紀:裸』とあるからネタかと思って開いたら、本物だったわ。ふーん。この角度で見ると、同じ女のあたしでも、なんかドキドキするわね」
それ、どんな角度っ。
「そもそもファイルが開いたの? だって暗号化されていたはず」
「え? 『PASSWORD』であいたけれど?」
いや、それパスワードにしちゃダメな奴。
「だけど高尾の言うとおりね。こういうデータは、ネットの海に出たら命取り。取返しがつく間に、とりあえずパスワードを変更しておきましょう」
データ消去ではないのか。
「では本命である、高尾の弱みを見て、握らせていただくとしましょうか」
「あ。まった!」
僕が慌てると、悪戯っぽく微笑んで手をとめる里穂。
「冗談よ高尾。高尾が嫌なのに、弱みを見たりはしないわ。あたし達、そんな関係ではないでしょ」
「里穂、ありがとう」
地味に感動してしまった。
「それに結婚したら、どうせ秘密なんてなくなるものねっ!」
「里穂、小夜から毒されすぎ」




