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「里穂ー、館内で走るのは、マナー違反!」
とたん早歩きに切り替える里穂。
こちらも早歩きで地道に追いかけたら、やがて里穂が立ち止まり、くるっと振り返る。
「いいわ、高尾。取り返したかったら、力づくでとることね。ここから──」
里穂はUSBメモリを、自分の胸と胸の間に入れた。そして、すとーんと下まで落ちた。なんとなく、もの悲しい沈黙。
「えーと。もしかして胸の谷間に挟もうと思ったけど、物理的に難しかったという」
涙目で里穂が言う。
「いちいち解説とかしなくていいわよ!」
とりあえずUSBを拾っておく。
「里穂。ここは協定を結ぼう。二人で、この弱みリストを見る。ただしお互いのものは、見ないでおこう」
真紀さんの弱みがあっても見るつもりはない。が、念のため千沙のは見ておこう。今後、わが身を守るために。
「はい、水沢くん。ちょうだい」
千沙の白い手が、視界にのびてきた。
「はい──って、まった。なんか流れで渡すところだったけど──」
千沙と、遅れて真紀さんも追いかけてきた。勢いで弱みUSBを千沙に渡す、という失態を演じるところだった。
「私の谷間なら、里穂みたいにすとんと落ちることもないよ水沢くん」
「千沙、余計なお世話よ! 高尾、ここは緊急事態だから走って逃げるわよ! たとえば自然災害が襲ってきたときならば、走ったって誰も文句は言わないでしょ!」
千沙の存在は、自然災害と同等らしい。
「あ、まって。水沢くん、もちろんタダでとは言わないよ。交換条件として、舌を絡めるキスしてあげる!」
「よしダッシュ」
先に里穂が走り、僕が追いかける。
後ろのほうから千沙と真紀さんの声が聞こえてきた。
「いまのは冗談! 真紀がする!」
「勝手に決めないでよ、千沙っ!」
意外と、いいコンビなのではあの二人。
ところで、先を走る里穂。その背中は、僕がついていくことを疑っていない。
というわけで、里穂が直進したところで、こちらは右折した。
うーむ。里穂を出しぬいてしまった。あとあと恨まれそうだ。
とりあえずUSBメモリの中身を、一人で確かめるとしよう。
抜かりない小夜は、パソコンだけではなく、スマホでも使えるUSBだった。本体の片方にパソコン用、もう片方にiPhone用。そちらをスマホに差し込んで、ファイル一覧を確認。
やはり──複数のファイル名に、全員の名前が記されている。
その中では、たとえば『滝崎真紀:裸』などというものもあって──
いやまてまて。これはもう可愛げのある弱みというか、ただの犯罪ではないか。禁固何年だ。
まぁしかし、せっかくだから、中身を確認しておこう。責任をまっとうしよう。