10
モール内を歩いていると英樹から電話があった。隣を歩いている真紀さんに断ってから、スマホを耳に当てた。
「もしもし。英樹、他にやることないの?」
『開口一番、それがダチに言う言葉か。んなことより、デートは順調か?』
それはつまり、上位カーストに喧嘩を売ることになったデートのことか?
「まぁ映画は楽しかったから、いいんじゃないかな」
『……いや、映画の内容とか一番どーでもいいだろ。まぁいいや。お前、これから滝崎さんと昼飯を食いにいくんだろ。オレにはお見通しだぜ。なぜなら、お前のダチだからな!』
ダチだからというより、昼時だからだろ。
厳密には昼時は少し過ぎてる。店内も混雑のピークは過ぎているだろうし、丁度いい。
「そう昼飯に行くから、もう切るよ」
『待てって高尾、お前デート初心者の自覚あんのか? いいから、デート大先輩のオレにちょっと相談してみろ。相談料はジュース一本でいいぜ』
「じゃ切るよ」
『まてまて! 分かった、無料相談にしてやろうじゃねぇか。で昼食はどこで取るか決めたのか?』
決めてはいなかったので、一考した。
「僕としては、ラーメンが食べたい気分だ」
『はぁ? 初デートでラーメンだぁ? お前、それはねぇだろ、ちょっと幼稚園からやり直せ』
親友だが殴りたくなってきた。
「なら、どこがいいんだ?」
『それは自分で考えなきゃダメだろ、高尾』
「……」
『おい高尾、聞いてんのか? どこにしたんだ? この大先輩に言ってみ?』
無言で通話を切る。ふと視線を感じると、真紀さんが興味深そうに眺めていた。
「誰だったの?」
「3秒前まで親友だった奴。そんなことより真紀さん、昼食はラーメンでどう?」
試しに言ってみた。
真紀さんは「ラーメン?」と繰り返してから、笑顔でうなずいた。
「うんっ、いいよ」
英樹も当てにならないな。
▽▽▽
昼食を終えた僕たちはモールを出た。
「このあと、どうしようっか?」
と真紀さんに問われ、僕が出した答えが「散歩するとか?」である。これは英樹にダメ出しされても仕方なさそうな回答。
ただ真紀さんは、嫌な顔ひとつせず頷いてくれた。最上位美少女からOKが出たということは、意外と散歩っていい選択だったんじゃないか?
デートで散歩、バカにならない。こんど英樹にも教えてやろう。
モールの近くには、静かな公園があった。偶然見つけたわけだが、これも散歩の効用だ。
自然の流れで、そこのベンチに腰掛ける。
ベンチは幅広いのに、なぜが僕と真紀さんはくっ付くようにして座った。身体の片側で密着している状態。嫌な気はしない。
というか心地いい。真紀さんからは甘い香りがした。
だが一応、言っておこう。
「真紀さん、もっと向こうに座っても平気だよ。他にこのベンチに座りたそうな人もいないし」
「……高尾くん。わざわざ言わなくていいこともあるんだよ」
「了解」
しばらくして、真紀さんが真面目な口調で言った。
「高尾くん、ごめんね。厄介ごとに巻き込んだりして」
長本たちの件か。
「ぜんぜん。真紀さんのせいじゃないし」
「今回は千沙のことは、私に任せてね。二度とあんなことはさせないから」
「二度と?」
「ああ、そうか。まだこの事は話してなかったね。実は、高尾くんがハブられるようになったのには、ちゃんと理由があるんだよ。私もつい先日まで知らなかったことなんだけど……始まりは、千沙が命令したことだったらしいの」
「本庄が? 確かに彼女が望めば簡単だったろうけど。本庄に恨まれるようなことしたかなぁ?」
というか、1年から一度も喋ったことさえないんだが。
ちなみに、うちの高校ではクラス替えはない。
「問題は千沙じゃなくて、里穂みたい。これで高尾くんも、理解したと思うけど」
渋井里穂か。懐かしい名前だ。
懐かしいといっても、学校では教室で顔を見ている。だが会話はもう1年近くしていない。
確かに入学したばかりの頃、僕はよく里穂と話していた。仲が良かったといえるのかもしれない。
そういえば、その頃は里穂以外にも会話する同級生がいた。いま思うと、あの頃の僕は2軍にいたように思う。
だが里穂が僕を避けるようになったので、僕も空気を読んで声をかけることはなくなった。
思うに、里穂は僕が3軍落ちしたので、無視することにしたのだろう。
まぁ里穂を責めることはできない。
そんな里穂は、本庄とは幼馴染だ。だから里穂は文科系の部活に入っているのに、いまは1軍に属している。持つべき者は友。スクールカーストにも人脈は有効だ。
しかし──
「ごめん。ここで里穂がどう関わってくるのか、さっぱりなんだけど」
「えっと……高尾くんに悪気がなかったのは、私も理解しているよ。ただ、里穂も本気だったみたいだし。それで深く傷ついてしまって──それを見た千沙が高尾くんに怒ったみたい。逆恨みだよね、そんなの。とにかく、私が聞き出したこれが事の真相」
「……」
僕は体勢を変えて、横にいる真紀さんを見た。
真紀さんもこちらを向く。
「僕が里穂を傷つけた、というのがよく分からない。少なくとも去年の1学期のころは、里穂とは友好的だったはずだけど」
真紀さんは怪訝な顔をした。
「……高尾くん。だって里穂が告白したのに、高尾くんはフッたんだよね?」
「……」
僕が里穂に告られた?
そして僕が里穂をフッた?
やばい。
まったく記憶にない。
僕の表情から察したらしく、真紀さんは軽く顔を青ざめた。
「もしかして、告白されてないの?」
「されてない──たぶん」
「……たぶん?」
「……たぶん」
真紀さんはなぜか励ますように言った。
「高尾くん。鈍感系を極めると、ただのダメ男だからね。里穂のことは仕方ないけど、次からは気をつけようね」
え、僕が悪いのか、これ?