01
──付き合ってあげようか?
初め、滝崎真紀にそう問われたとき、何のことか理解できなかった。
真紀さんは僕の隣の席だ。接点はそれだけ。カースト最上位の彼女と、最底辺にいる陰キャの僕では会話することもありえない。
真紀さんを一言で現すならば、クールビューティ。艶やかな黒髪はロングで、スタイルは抜群。豊満な胸が制服の下に隠れている。
僕はといえば、まぁ説明するまでもないか。
この2人が釣り合わないことだけは明言できる。
それで何を付き合うというのだろう?
「なんの話、滝崎さん?」
真紀さんは僕を指さしてから、自分を示した。
「私ときみが、恋人同士になるということ」
理解はできたが、やはり理解できない。
▽▽▽
この事件が起きたのは、放課後のこと。
翌日。登校中に友人の松本英樹にこのことを話した。滝崎さんに告白されたと。とたん殴られた、わりとガチで。
「高尾、朝から自慢してくるんじゃねぇよ腹立つ」
水沢高尾。これが僕の名前だ。
「いや自慢じゃないけどさ」
「いいや、自慢だろ。滝崎真紀っていったらクラスどころか学年一の美少女だろ。これまで何人の男たちが告って、撃沈してきたと思ってんだ。もちろん速攻でOKしたんだろ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「どうしてって、お前なぁ──さては高尾、クラスの男子たちにハブられるのが怖いんだろ」
「え?」
「やっぱ図星だったか。だよなぁ、滝崎真紀と付き合いだしたら男どもが嫉妬に狂うぜ。ハブられかねねぇな」
その心配はない。すでにハブられているからだ。
これという理由があるわけではないが、気づいたら僕はクラスで孤立していた。このことは小中高と友人の英樹は知らない。心配させたくないからだ。
実際のところ、僕はとくに堪えてはいない。班決めのときとかは面倒だが、それ以外は独りで気楽だとも思っている。友達なんてものは一人いれば十分だろ。
ただ、僕がハブられボッチになっていたせいで、真紀さんに同情で告白されてしまったわけだが。
昨日の放課後の記憶が蘇る。
▽▽▽
「滝崎さん。どうして僕なんかと──?」
この僕に、真紀さんが惚れる魅力があったのか?
「別に」
だろうね。
「別にってことは、僕に告白したのは、僕が好きってことじゃないわけ?」
窓から夕陽が差し込み、真紀さんを包んだ。
「そうだよ」
「なら、どうして?」
「水沢くんが可哀そうだから」
可哀そうだからって告白するものなのか。カースト最上位の人は何を考えているか分からない。
「どういうことか、説明してくれる?」
こういうとき真紀さんは、よくも悪くも遠慮せずに言う人だった。
「水沢くん、クラスでハブられているでしょ?
私、そういうの嫌いなんだよね。何度か水沢くんを仲間に入れてあげるよう働きかけはしたんだ。その時は男子たちは了承してくれるけど、結局なにも変わらない。
だから私が友達になればいいのかなって──ただ男女で親しくしていると、いろいろと噂されるものだよね。あの2人は付き合ってるのかなとか。陰で噂されるのも嫌だから、それなら公表してしまえばいいかなって」
「だからって恋人同士になることはないと思うよ」
真紀さんは首を傾げた。
「どうして?」
「え?」
「私のこと嫌い?」
「まだ好きか嫌いか分かるほど知り合ってない」
「じゃあ、私を恋人にするのは、嫌?」
この質問は卑怯だろう。
「そんなわけではないけど……」
真紀さんと付き合えるなら死んでもいいという男子が何人いることか。僕はその一員ではないと思うが。
真紀さんはほほ笑んだ。
「ほら。じゃ私と付き合おう。あまりこういうことは言いたくないけど、私はクラスでも影響力があるから。私と付き合ったら、君もクラスの皆に認められると思うよ」
真紀さんの行為は善意から来ている。
だけど、しかし、憐みで告白されても嬉しくはない。
最上位だからこそ、こういう無神経さが出てしまうのか。
だから僕は言ったのだ。
僕の返答を聞いたとき、確かに真紀さんは衝撃を受けていた。
▽▽▽
「振ったんだよ」
「へー、振ったのか」
しばらくしてから英樹はハッとした様子で問い直してきた。
「振ったって、まさか滝崎真紀のことをじゃねぇだろうな?」
「滝崎さん以外ないだろ。僕が何人もの女性に告白されるはずがないんだから」
「だってお前──なんてもったいないことすんだよ!」
もったいない。そうかもしれない。滝崎さんと付き合えるなんて最高じゃないか。
だけど、僕は断った。
なぜか? 同情で告白されたことに、屈辱みたいなものを覚えたのかもしれない。
とにかく、もう終わったことだ。
ふしぎなことに気分は晴れやか。だいたい相手が美少女だからといって、全ての陰キャが惚れると思ったら大間違いだ。
僕はそれを証明できたので、これはグッジョブといっていいんじゃないか?