序章 王の帰還 / ラック・ライラック その7
ギーラ一味。ラックらと同じ空域を縄張りとするハンターで、一方的にラックをライバルだと宣言しているキャプテン・ギーラを頭領とし、魔人のドージィと獣人のマオマオを従えてそれなりに名をはせている一団である。漆黒の空挺ギースで蒼天を駆る事から漆黒の狩人とも呼ばれている彼女たちは、ラックのライバルを自称するだけのことはあり、高い戦闘能力、航行力を有しており、ここらでは知らない者はいないほどのハンターだが、ラックにとっては今一番会いたくない相手でもあった。
「なあラック、仲間になれよ? な? 私達が組めばこの空を獲る事だってそう難しくはねえぜ、お前がいてくれりゃあ千人力だ。な? どうだ?」
「そんなものに興味はねえよ……」
そう、このギーラという女は、ラックのことをライバル視しておきながらその実彼女が欲しくてたまらないのである。自らの美しさに絶対の自負を持つ彼女は、美しいものに目がなく、それを美しいと認めたなら何が何でも手に入れようとする収集癖があった。これまでにも美術品や宝石などを手にしてきたギーラだが、初めて仲間として引き入れたいと思う人間―――ラックに出会い、事あるごとにこうして絡んできて勧誘してくるのである。
「なあお前からもなんか言ってやってくれよマギア。お前も私たちの船にいたほうが楽しいと思うだろ?」
「思わない。これ外す。早く」
感情が無い筈の機械人が明らかな苛立ちを見せながら腕に嵌められた枷をがちゃがちゃと鳴らす。明らかにご立腹である。それを見たギーラは外堀を埋めるのは難しそうだと判断したのか話を変えて様子を見ようと一旦壁に背を預け、縛られて横たわるラックに尋ねた。
「それはそれとして、どうしてまた今回はこんな辺境に来たんだ? 見た感じお宝がありそうには見えないけど……」
真っ白に光る壁以外何もない通路を眺めながらギーラがそう問うと、横たわっていたラックはぐぐっと体を起こしてギーラの横で寡黙に佇むマオマオに声をかけた。
「おいマオマオ、こいつこの遺跡見てお宝がありそうには見えないとか言い出したぞ大丈夫か」
「すみませんラック様、うちのポンコツはあまり考古学に詳しくなく……バウンティハンターとしての仕事ばかりこなしているせいでこういった遺跡への造詣が浅いのです。ご容赦ください」
表情一つ変えずに淡々とひどいことを言ったマオマオに、ギーラはどや顔で返す。
「知らないという事は知る事で成長する余地があるってことだぜ? つまりは私の美しさはまだこれからも成長し続けるという事だな。そう考えれば無知もまた罪ではないといえるってわけだぜ……ま、私の美しさはもはや罪ともいえるかもしれんがな。クハハハハッ!」
「そうおっしゃるのなら今すぐにでも考古学の勉強を始めてその美しさに磨きをかけてくれませんかキャプテン」
「どうせ考古学に詳しいラックがうちの船員になるのだから私がそれを学ぶ必要はないだろう?」
「……」
その可憐な相貌に確かな殺意の波動を乗せつつギーラをにらむマオマオを見て、ラックは深くため息をついた。
「苦労してんだなお前も……」
「あのアホウ……もとい、キャプテンに執拗にストーキングされているあなたの方が大変でしょう。同情は無用です。まああのアホウは置いておくとして、何故ここに? 見たところかなり特殊な遺跡の様ですが、あなた方は手ぶらに見えます。何もなかったのですか?」
「ああいやまあ何かあったのかといわれれば軽くこの空の歴史が揺るがされるくらいのやばいのがあった……っていうかいたんだが……」
通路の奥に視線をやり、何とも云いにくそうな表情で顔をしかめるラックを見て、マオマオは何かを察したのかギーラに進言する。
「アホ……じゃないやキャプテン、ここは彼女たちを解放し撤退しましょう。いやな予感がします」
「嫌な予感? どういうことだ?」
「察しの悪いアホウですね。ラック様はキャプテンも認める凄腕のハンターです。それこ学会から表彰されるほどの発見を何度もするほどのです。その彼女が見つけたものを放り出してあなたの仕掛けたチープな罠にかかるほど慌てて飛び出してきたという事はこの遺跡で見つかったものはそれだけの危険性を孕んでいるという事に他なりません。それに、私たちが彼女たちを追跡してここまできたという事は、最悪の場合もっと厄介な面倒ごとがこの遺跡に向かって飛び込んでくるかもしれません」
「……それはどういう……ッ!?」
ぐらりと、遺跡が揺れた。一度目の大きな揺れに加えて、二度、三度と立て続けに揺れる。この空の世界に地殻変動による地震はまず存在しない。こんな小さな浮島なら尚の事である。つまり考えられる可能性は……。
「砲撃だっ! 誰だか知らねえが遺跡に砲撃を仕掛けてやがる!」
ラックは声を荒げて叫ぶ。続けて訪れる大きな揺れに、マオマオは迅速に対処した。ギーラの許可を得る前に彼女の手から鍵を奪い取り二人の枷を外したのである。
「あっ!」
「今は勧誘なんてしている場合ではありませんよキャプテン! ここはラック様マギア様と協力し切り抜けるべき局面です!」
そう叫び素早く武装を展開したマオマオはヘッドセットを指で叩いて船との通信を繋ぐ。
「ドージィ! 聞こえますか!? 聞こえていたなら襲撃者の情報を! それとギースを使ってライゼンデを敵の目の届かないところまで曳きなさい! ランデブーポイントは追って連絡します!」
矢継ぎ早にそう告げると、マオマオは端末を取り出し、船と映像を繋ぐ。船に残っていたドージィから転送されたその映像を見て、彼女は眉をしかめる。
「この旗印……十王教の信徒……? なんでこんなところに……」
「やべっ……」
理解できないという風に呟くマオマオをよそに、ラックはぼそっともらす。それを見たマオマオはその毅然とした表情に一抹の不安を浮かべながら彼女に問いかける。
「あの、ラック様? 先ほど確か、「あった」を「いた」と言い直しましたがもしや……」
マオマオの質問に、何とも言い難い神妙な面持ちで遠くを見つめたラックは、観念したように口を開く。
「ああ、うん。信じられないだろうが古の十王の一人、知の魔王シキが……生きてたんだ。ここで」
その言葉にマオマオは静かに目を見開いた。