序章 王の帰還 / ラック・ライラック その6
「ねえ、どうしてもだめかな?」
「どうしてもダメだ」
「ワンチャンあったりしない?」
「ワンチャン無い」
「そっかー……もう一声ない?」
「無い」
あれから数十分、シキは未だにアタックし続けていた。彼女たちに連れて行ってもらえるかどうかは冗談抜きで死活問題なのだ。
奇跡的に彼女たちとは友好的に接することができ会話も通じたが、この洞窟から出て他に友好的な関係を築ける相手と遭遇できる見込みは低いし、そもそも会話の通じる相手と出会えるかどうかも分からないのだ。一万二千年もの間誰も足を踏み入れなかったことからここがかなりの辺境の地にあるのだろうことは察して余りあるし、運よく人の住む場所に辿り着けたとしても外の文明がどのような社会構造を築いているのか知らないのだ。何かしらの宗教的、民族的なタブーに知らず知らずのうちに触れてしまって揉め事になるかもしれないし、研究施設に連れていかれて体の隅々まで調べられるかもしれない。シキは野山で野垂れ死ぬのも魔女狩りにあうのもバラバラに解剖されて標本にされるのも御免だった。未知の文明とのファーストコンタクトは常に危険に満ち溢れている。故に彼は蘇ってすぐ、この初動を何より慎重に推考する必要があったのである。
その点彼女たちは、とシキは目の前の二人の姿を視界にとらえ思案にふける。魔王を軽々と復活させる突飛な行動や、本来であれば国や研究機関が指揮して行うであろう魔王の墓所への侵入を個人の独断で行う点から鑑みて、シキの危惧する巨大な機関との関りが無いであろうことは見て取れる。それに、ここまでたどり着いて機械を操作し自分を目覚めさせたという事はそれだけ機知に富んでいることも示している。ここを見つけ出すだけの知識、情報のツテ、探索を支える資金力と技術力を有している逸材だ。シキにしてみればまたとないチャンスである。何としても彼女たちに取り入り仲間として行動する必要があった。これからの彼の命運は彼女たちと共に行けるかどうかにかかっているという事を、彼は痛い程理解していた。故に、にべもなく数十回断られた程度で易々と引き下がるわけにはいかなかったのだ。
「いやーほら、俺こう見えても役に立つよ? なんたって魔王ですからね? そらーもうあれですよバシバシと役に立つよ魔王ってんだからそりゃもうすんごい役に立つよ立ちますとも魔王ですからね?」
「ゴリ押ししすぎて主張がふわっふわになってるぞ」
彼に見向きもせず洞窟内を漁っていたラックは、流石にしつこかったのか後ろを振り向いて指摘した。
「ははは、こうでもしないと聞いてすらもらえないと思ってね。思った通り変なこと言いだしたら反応してくれた」
「可愛げのないガキだな……」
「ガキだなんてそんな、一万二千歳は年上ですよ俺」
「……はあ」
たはーっと笑うシキに、ラックは大きなため息をついた。
「話を聞いてやる。聞いてやるからその気色の悪い愛想笑いと演技をやめろ。自然体で話せ」
「……そう言ってくれて助かるよ」
ラックの言葉を受けると、シキはすっと真顔になった。
「なあ、俺は今かなり危機的な状況にあるんだよお姉さん。今の時代の知識も無い、ここがどのあたりに位置していて、近くにどんな国や集落があって、どんな生き物や人たちが暮らしているのか知らない。何も知らないんだ。頼りの綱だった俺の発明品たちもほとんどが壊れていてあてにならない。あなたたちに置いていかれるとこのまま野垂れ死にだ。だから頼む。せめて俺がこの世界に慣れるまでの短い間でいい。俺を連れて行ってくれないか?」
とても十歳そこらの子供とは思えない落ち着いた口調で、シキは切々と語った。交渉の切り札になりうるカードを彼は何一つ持ち合わせていない。だがそれでも共に行かねばならないのだ。故にここは真摯な態度で信頼を築くことが、彼にとって今何より大切なことだったのだ。
「……」
それを受けてラックはしばし黙り込む。黙り込んで、腕を組み、少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「……わかった。荷物をまとめてこい」
「!! わ、わかった! ちょっと待っててねすぐに鞄取ってくるよ!」
ラックの言葉に、シキは安堵したような笑みを浮かべると洞窟の奥へと走っていく。彼が目覚めた時治療ポッドから出てきた鞄を取りに向かったのだ。
「……よかったの? ラック」
走っていくシキの背中を見送りながらマギアがラックに尋ねると、ラックは真顔で言い放った。
「良いわけないだろ。あいつが鞄取りに行ってる間にずらかるぞ」
「えっ」
有無を言わさずラックはマギアの手を取ると一目散に駆けだした。モーションの立ち上がりが見抜けない程スムーズに全力疾走へと移行したラックは、足音を立てずに洞窟を抜け白い通路に飛び込む。
「ラック、どういうこと」
かしゃんかしゃんと金属音を響かせながらマギアが訊ねると、「決まってる」とラックは答える。
「確かにあいつを連れて行けばそれなりにメリットはあるだろうし俺の知識欲もある程度満たされるだろうがな、一万二千年前の神話の時代からよみがえった十王だぞ。連れて歩くにはどんな危険な爆弾よりもリスキーだ。リスクがデカすぎて割に合わない」
「それでトンズラこいたと」
呆れたように聞き返すマギアにラックは疲れたように言い返した。
「ハンッ、多少寝覚めは悪いがそうこう言ってられんだろう。ただでさえ面倒なのに付け狙われているんだからな、これ以上のいざこざは勘弁だ」
「全空一の美女に向かって面倒なのとは失礼だな」
「「ッ!!」」
シキが気付いて後から追って来やしないかと背後にばかり注意を向けていたのが災いした。いつもなら対処できたはずの攻撃、だが二人はそれをもろに受けてしまう。鈍い打撃音を響かせ、二人は白い通路の上に転がった。
「ピンポンピンポン大当たり~ってな」
黒いラバーのスーツに顔のほとんどを覆うブロンドの髪、黒々と天を指す四本の角を讃えた彼女は、彼女の獲物を携えて勝ち誇ったように嗤った。
「やぁ~っと捕まえたぜ、ラック。相変わらず綺麗な顔してるなお前は」
まあ私ほどじゃないけどなと嗤いながら彼女は横たわるラックに顔を近づける。長い前髪の隙間からちらりと覗く赤い瞳を睨み返し、ラックは吐き捨てるように言った。
「……どうしてお前がここに居る……ギーラ!」