序章 王の帰還 / ラック・ライラック その3
「おいおいおい、なんだよこれは……」
数分後、通路を進み開けた場所に出た一行は息を詰まらせていた。
「まだ稼働している。何の機械?」
彼女たちの飛行艇を数隻入れても余りあるほどの空間、それを埋め尽くさんばかりに伸びたケーブルにパイプ、壁際に設置された大量のタンクから伸びるそれらは、この空間の真ん中ほどでひときわ大きな機械に接続されている。一万二千年前、神話の時代によくある先鋭化されたシンプルなデザインのそれではない。とにかく武骨で、必要な機能だけを詰め込み外見などに頓着はしなかったことが伺える歪で複雑な機構。それらが大切に抱えるようにして安置されているのは、ガラスのような透明な何かで覆われたポッドだ。中は黄緑色の半透明の液体で満たされているようで、ごぽごぽと音を立てて気泡が揺らいでいた。それを見るに、中の液体が腐ってしまわぬよう循環させているように見えた。
「ポッドみたいなものが真ん中に据えてあるが……何の機械だこれは。中の溶液が何か分かれば推察のし甲斐もあるってもんだが……」
「ラック、あれ」
マギアの指さす先に目をやる。あれは……。
「操作盤か? まだこの機械が生きてるならアレで何かが分かるかもしれないな」
床を這う大量のケーブルやパイプを踏まないように気をつけつつ、操作盤と思しき機械の前までやってくると、ラックは機械に積もったほこりを払った。
「古代語で何か書いてあるな……この字体……chかjpか……」
ラックは掛けていたサングラスのブリッジをトントンと指で叩く。このサングラスも遺跡で見つけた遺物だ。小型のコンピュータとカメラが内蔵されているようで、登録された言語を自動で翻訳する機能がある。今回も問題なく翻訳できたようだ。
「細胞培養液抽入口操作……生命維持装置稼働状況……ってなんだよこれ」
自動翻訳でサングラスに映し出された文字列を読み上げ、ラックは眉をひそめる。細胞培養液、生命維持装置。この二つから察するに、この機械は何かの生物を生み出していたのだろうか。だが、とラックは思考する。ここは十王の墓所だ。古代の宗教的観念に立ち戻って考えると、そも墓所とはいずれ訪れる復活の日までの遺体の保護と安置を目的としたものの筈……。そしてこの操作盤のごちゃごちゃとした計器類やスイッチに添えられた文字列……。それらから導かれる答えは到底許容しがたいものではあったが、決してありえないものではない。何しろここは神話の時代にたった一人で技術革命を起こした男の墓なのだ。何があっても不思議ではない。
「ん……? これは……」
ラックはふと視界の隅に映ったそれに気づき、指でなぞった。複雑な凹凸のある記号のような掘り込み。ラックはこれに見覚えがあった。
「暗号化された音声コードか?」
誰が残したものか分からないが、何か分かるかもしれない。ラックはサングラスのブリッジを指で操作し、音声コードを読み取る。
『このおんs……ジジ……聞いていr……ザッ……』
「やっぱりコードが破損しててよく聴き取れないな……」
音声コードはその表面の凹凸と模様を専用の機械に読み取らせることで音声を再生する記録媒体だ。そのため風化してしまってノイズが入り聞けなくなってしまう物も少なくない。これもその類かと再生をやめようとしたところで手を止めた。微かに声が聞き取れたからだ。
『……彼を、これ以上戦いにまきこ……にはいかない。彼はまだ……だ。だから、この世界が平和に……ら彼を起こしてあげ……』
「……」
黙り込んでじっとポッドを見つめる。ラックは一介のハンターに過ぎない。もしもこれが彼女の思う通りのものであるとするのなら、うかつに手を出さない方がいいと彼女の理性はささやいている。厄介ごとの匂いしかしないし、そもそも本当に十王が眠っているのならそれは個人が判断する問題ではない。国家間クラスの問題になってくる。ラックの出る幕ではない。だが……。
「気になるよなァ、マギア。この機械の中で一万二千年前の神話の時代の生き証人が眠ってるんだぜ。まだこの世界が天と地とで別れてた時代を生きた男がここに居るんだぜ。かつて世界を統べた十人の魔王、その最後の生き残りがいやがるんだぜ。気になるよなァ……気になっちまって仕方ねえぜ」
「ん、気になる」
こくりと頷くマギアに、ニカッとラックは笑い返す。
「だよなァ!」
バン! と力強く操作盤のボタンを叩く。一切の迷いも逡巡もない。ハンターとは、ラック・ライラックとはそういう生き物なのだ。求めるものには貪欲に、諦めを知らず、妥協を知らず、世界を敵に回すことすら厭わない。それがラック・ライラックなのだから。
「さァ十王様のお出ましだ!」
煙と水蒸気を巻きあげながら鋼鉄の棺は開かれる。それが過去からの贈り物なのか、それとも禁じられたパンドラの箱なのか。今の彼女たちは知る由もない。