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序章 王の帰還 / ラック・ライラック その2

「これが墓所か……」


 境界深度マイナス3000を越えた深層空域、雷雲で覆われた危険地帯にそれはあった。直径五百メートルはあろうかという巨大な岩石をくりぬいて作られた空を舞う王墓。ライゼンデの赤い船体が異彩を放つ暗い空間の中であっても決して見劣りすることのない圧倒的な存在感。誰かの手のついた形跡も見られず、ラックの読み通り彼女たちが初めての来訪者であるのならこの巨大な棺の中には神話時代の遺物がこれでもかと詰まっているはずである。ラックは期待に胸を膨らませながら船を墓所に横付けした。


「いよいよファーストコンタクトだぜ、マギア、用心しろよ。なんたって十王の墓だからな、どんな防衛システムがあったって驚きやしないんだ」

「分かってる。ラックこそ浮足立ってる」


 静かに言い返すマギアにラックは笑いながら答える。


「ハンッ、これまでで一番デカいヤマなんだ。色めきだっちまうのも仕方ねえってもんだ……ま、少しは締まっていこうかね」


 チャキ、と腰に下げた獲物を鳴らしてラックは墓所の入り口に手をかけた。


「……待て、妙だ」

「どうかした?」


 固まるラックにマギアが聞き返すと、彼女はこれを見てくれと入り口横の壁を指さした。


「これは……」

「ああ、電源が通ってる。……一万二千年前の遺跡にだぞ?」


 ラックが指さした先の壁は、一見するとただの岩の塊にしか見えなかったがよく観察すると細かい線が至る所に走っており、それが淡い光を発していた。この状態には見覚えがある。古代の遺跡で、何らかの機械的痕跡を隠蔽する際にイミテーションの岩などを貼りつける事があるのだが、隠蔽した機械部に電源が通っている場合、こうした暗がりで微かにイミテーションの隙間から光が漏れて線のように見えることがあるのだ。

 だがここは十王墓、一万二千年前の神話の時代の遺跡だ。まさか電源が生きているとは。


「気を引き締めていくぞ。電源が生きている以上、ガーディアンクラスが起動しててもおかしくはねえ」

「了解」


 ラックとマギアは互いにぴったりと身を寄せ、死角をなくすように周囲を警戒しつつ墓所へと侵入した。


「おいおいおいマジかよどうなってんだ……」


 最大限の警戒は解くことなく、気は張ったままだったが、ラックは感嘆の声を漏らした。彼女たちが踏破してきた遺跡はどれも風化してボロボロで、あちこちを植物に侵食されているような物ばかりだった。だが、この墓所はまるで昨日今日建設されたかのように埃一つなく、天井と四方の壁は内蔵された光源が一つとしてかけることなく通路を目映く照らしている。


「これは驚嘆。とても遺跡とは思えない」


 普段は感情の機微に乏しいマギアですら、息をのんで見入っている。明らかに他の遺跡とは次元が違う。これがかつてこの世界を統べたという十王の墓だと言うのだろうか。


「確か、知の魔王ってのは神話の時代においても並外れた知能の持ち主だったらしいが、一万二千年の間風化させずに状態を保持するって……一体どんな技術を持ってたって言うんだ……」


 まさしくオーパーツと形容せざるを得ないその技術に圧倒されそうになるが、それ以上にラックの胸の内に込み上げてきたのは一種の期待感だった。通路だけでこれほどのものが出てくるのなら、ここに眠る埋葬品はどれほど素晴らしいものなのか。期待と興奮で胸が張り裂けそうになりながらラックは歩みを進めた。

 白い、どこまでも白い通路だけが続く。どこかに隠し通路のようなものは無いかとマギアに搭載されたセンサー類を駆使しながらゆっくりと進むが、何も引っかからない。相当高い技術で隠蔽されているのか、それとも本当に何もないのか。通路の壁を破壊すればそれもわかっただろうが、ラックとて遺跡探索の傍ら考古学を嗜む研究者でもある。これだけ貴重なサンプルを無為に破壊するわけにもいかない。防衛システムによる攻撃のみに気をつけながら二人は通路を進んだ。


「……行き止まりか?」


 数分進んだあたりで壁に突き当たり二人は立ち往生する。ざっと見渡したところスイッチのようなものも操作パネルのようなものも見当たらない。ただの壁があるだけだ。


「ここが墓である以上、遺体を埋葬した後入り口を完全に封鎖するってことも十分に考えられるが……それだとここまで通路が伸びていた理由もよくわからなくなるな」

「墓参りのための参道?」

「……その線もありそうだが、もしそうならこの通路の端に墓石とか肖像画とかとにかくそういう祈りをささげるための何かがありそうなものだがな……そういうものは見えないし突き当りの壁にしては何もなさすぎる……どっかに隠し扉のスイッチでもありそうだ」


 ラックはぴたりと壁に耳をつけて指でコンコンとノックした。音の反響で壁の向こうに空間があるかどうか確かめているのだ。


「……やっぱり向こうに何かあるな。マギア、鍵を出せ」

「ん、わかった」


 ラックに言われてマギアは上着をチャックを下ろして胸の装甲版を露出させた。かちりと音を鳴らして装甲版が開き、マギアの体内からペンくらいのサイズの円柱状の物体を取り出す。ラックが鍵と名付けたそれは、二年前に別の遺跡で見つけた遺物だ。神話の時代の遺物で普段はマギアの動力源として運用しているが、取り出して使用すると神話の時代の遺物の回路を浮き上がらせるという特殊な道具だ。ラックが鍵をかざし、かちりとつまみを弄ると鍵から青色の光が辺りに照射され、光の筋が浮き上がる。ほとんどは通路の灯りへの動力の供給の回路だが、一部それとはアキラに違うものとわかる線がある。やはり何らかの回路がこの周辺に張り巡らされているようだ。ラックは扉の動力部と思しき箇所に見当をつけ、そこから伸びる光の筋を辿って床に手をついた。


「ここだな」


 マギアの体内に鍵を戻し、ラックは腰に提げた獲物を取り出す。高出力のレーザーブレードだ。無論これも彼女の戦利品の一つである。


「こんなに状態のいい遺跡に手を出すのは忍びないが……仕方ない」


 ジジ……と床の一部を焼き切ると腕力でそれを引きはがす。露になった床下には彼女の思った通り操作盤とみられる機械が埋まっていた。


「これだな」


 バチンとスイッチを跳ね上げると壁が軋み始め通路が現れた。見立て通りだ。


「マギア、念のためドアにジャッキをかませて閉まらないようにしておけ。乗り込むぞ」

「ん、わかった」


 鞄からガチャガチャと取り出したそれで扉を固定するのを確認すると、ラックは新しく現れた通路に足を踏み入れる。先ほどの真っ白な通路とは雰囲気の違う、洞窟のような通路には点々と電球が吊るされ薄ぼんやりと照らされている。


「随分感じが変わったな」

「ん、大分親しみのある感じ」


 様変わりした通路を見てラックは思考を巡らせる。ここは大岩をくりぬいて作られた墓所だ。こういった岩肌むき出しの通路があったところで何もおかしいことはない。だが、ここに至るまでの通路、アレが作れるだけの技術力があるのなら当然深部まできっちりと丁寧に造られているものではないだろうか。急造でこしらえた手抜き工事なら見える所だけしっかり作るという事も無くは無いのかもしれない。だがここは十王の墓である。そんな手抜きが許されるはずはないし、何よりシキを除く九人の十王がそれをよしとしないだろう。十王は統治者にしては珍しく、堅い友諠で結ばれていたとどの文献にも記述されている。かけがえのない友を送る墓ならば、たとえ戦時中であっても趣向を凝らして作るはず……。

 そこまで考えたところでラックは独り言ちる。


「まさか、ここは墓として作られた施設じゃないのか……? 何か別の目的が……?」


 ぶつぶつと呟きながら岩肌むき出しの壁を触る。やはりこれは入り口に使われていたイミテーションの岩ではない。本物の岩石だ。この通路は、偽装してこの形になったわけではなく、元から岩をくりぬいただけの通路という事に間違いはないだろう。


「キナ臭くなってきたな……マギア、警戒を怠るなよ。空気中の酸素濃度にも気をやっておけ」

「ん、了解」


 ラックは手袋を外すと指先をぺろりと舌で嘗め掲げる。ほんのりと感じる空気の流れ。この通路はどこかに繋がっていると見て間違いないようだ。


「行くぞ」


 ラックは腰に提げていた鉈を構えると、マギアをかばうように先導し歩み始めた。

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