リロイの反抗期
「なんで来たの!?・・・なんで!?」
黒いウンディーネが水の壁にへばりつきこちらの様子を伺っている。
壁は少しずつ黒い墨が流れ込んでくるように濁っていったが、やがてウンディーネの水がそれを押し返した。
「長くは持たない。どうにか逃げないか……」
恐怖を感じているのかウンディーネの声が少し震えている。
「あれっていったい」
「話はいい。とにかく私はアレには勝てない」
「互角っていう事?」
「いや、あいつは殺しに躊躇がない。それに私より力をつけているはずだ」
壁の突破を諦めた黒いウンディーネが転がっているオーガの死体に触れる。
すると死体は急激に水気を奪われミイラの様に干からびて行った。
「ヒロ……」
不安を感じたセラが隣に来てヒロの肩に触れる。
確かに今現在の状態でこれはかなり怖い。
いや、どんな状態だって怖いか。
数人のオーガが黒いウンディーネを囲み一斉に切りかかる。
だが、黒いウンディーネは防御するわけでも回避するわけでもなくそれを受け止めた。
刀は液体で出来た彼女の腹のあたりで止まり、黒いウンディーネは動きが止まったタイミングで両腕を槍の様に形を変え二人のオーガを貫く。
その後、ドクドクと何かを吸い取るように槍状になった両腕が脈打ちオーガ二人は干からびてしまった。
「だめだ!逃げろ!」
それを見たオーガが逃げ出す。
しかし後ろから圧縮した水がとんできて上半身を切断された。
これはどう考えてもオーガ達の分が悪い。
というか勝てる可能性があるかどうかすら微妙だ。
だが、オーガの族長は戦うつもりらしく刀を抜き放つ。
それを見て逃げ出そうとしていた他のオーガ達も奮い立ったようで、刀を抜き黒いウンディーネの様子を伺う。
「ちょっと待った、今の見ただろ!あんた達に勝ち目はない。だから逃げろ!」
ヒロが族長に声をかけるがこちらの言う事には耳を貸す気はないようだ。
「ウンディーネ」
「ダメだ。全員を守ることは不可能だ。正直、お前達だけでも守れるか怪しい。早く逃げる算段を考えろ」
「考えろって言っても」
辺りを見渡すが霧で視界が悪く現状を把握しにくい。
どこかに赤鬼アンキと青鬼ウンキもいるはずだが全く見当が付かない。
このままウンディーネの水のドームごと仲間たち全員で走って逃げるしかないのかもしれない。
「ヒロさんあれを見て!」
突然リロイが声を上げて族長の後ろの方を指さす。
目を細めてよく見るとどうやらタップル達も逃げずに族長と戦うつもりでいるようだ。
リロイはヒロがいないうちに彼らと仲良くなっていた。
どうやらリロイはほっておくことが出来ないようだ。
「ダメだ。彼らは助けられない」
「なんで!?彼らは友達だ」
「だとしてもどうやって助ける?リロイには武器も盾もないだろう。しかも魔力だって」
「そうだけど」
リロイの盾は赤鬼アンキの攻撃を受けた時に使えないほどに歪んでしまった。
しかも大槌グラントはアンキが振り回し、どこかに転がているはずだ。
「ウンディーネ、この水のドームごと移動はできるよね?みんな走って逃げるぞ」
「ダメだ!そんなの間違ってる!ウンディーネさん僕を外に出して!」
「ウンディーネ開けないでくれ」
「だったら・・・。主よ、光と加護を我らに――サンダーボルト」
リロイの右手から稲妻が放出され水の壁を直撃する。
だが、水の壁に何か変化が起きることはなかった。
「私の水はそんなものではどうにもならん」
「ならこれならどう?」
リロイが今度はウンディーネに右手を向ける。
「リロイどういうつもりだ?」
「僕は彼らを見捨てられない。ヒロさんだって本当はそうなんでしょ?」
「だとしてもいっしょに死ぬわけにはいかない」
「僕はここで助かったとしても嬉しくなんかない。一生彼らを救えなかったことに罪悪感を覚えながら生きていかなきゃいけないんだ。それにヒロさんだって本当は助けたいはずだ。」
何か言い返したかったが、リロイの気持ちが分からないわけでもなく一瞬戸惑ってしまう。
「好きにさせてやればいいだろう」
直ぐに答えを出せなかったヒロを見てウンディーネがドームの一部を開けてしまう。
それを見てリロイが有無を言わせず外へ飛び出す。
「おい!なんで?」
突然の事に上手く言葉にできなかったが、ヒロが何かを考える間もなくどんどんと状況が変化していく。
「みんな!僕も一緒に戦うよ!」
リロイがタップル、ペアーズと合流しようとした時だ。
黒いウンディーネの攻撃がリロイの背中目掛けて飛んでいく。
このままだとリロイもオーガと同じ真っ二つだ。
「アイスバリア」
無防備なリロイの背中を庇うようにセラが間に入り氷の盾を展開する。
だが、すぐに氷の盾は耐えられず砕け散る。
間一髪のところでカラスがセラを抱え横に跳び、盾を貫通した攻撃をかわす。
「リロイ!」
その状況を見ていたアストリッドが妖精の姿に戻り飛び出そうとしたが、とっさに右手でヒロが捕まえる。
しかし、流れからかドームの外へ飛び出すミカゲを止めることはできなかった。
「閉じろ!」
怒りのこもったヒロの言葉にウンディーネが答え、ドームの隙間が閉じる。
「なんで!?私も外に行かせて!」
「待ってくれ。最後でいいから一つだけ言う事を聞いてくれ」
一連の流れを止めることが出来ずヒロが膝から崩れ落ちる。
もうどうにもならない。
仲間全員無傷で逃げ切る機会を失ったのだ。
「ヒロさん、私に頼みたい事って」
「先にウンディーネだ。このドームの外の音が聞こえたり空気が無くならないことを考えるとドームの一部を開けて空気を取り込んだりしてくれていたって事だよな?」
アストリッドを手から放しウンディーネに質問する。
「あぁ、オーガ達の手の届かない上の方を少しな」
「なら、このドームの中に外の特定の奴を取り込むことは?回復中の俺たちを運んだみたいに」
「できなくはないが本人が暴れれば上手くいかないぞ。お前の仲間たちは見ての通り戦う気満々なようだしな」
ウンディーネが外で交戦している仲間たちを指さす。
戦うというよりもセラのアイスバリアで攻撃を防いでいるだけだ。
族長たちが上手く黒いウンディーネの気を引いてくれているのでタップル達を説得できれば逃げることはできるかもしれない。
「大丈夫。持ってきてもらいたいものがあるだけだから。レイン!聞こえてたらこのドームに突っ込んできてくれ!」
叫ぶとウンディーネが空を見上げる。
霧でよく見えないが上に何かを見つけたようだ。
ドームの天井部分が空へと伸び、何かを捕まえて元の形へと戻る。
するとドスンっと音を立てて捕獲されたセイレーンのレインがヒロの前に落ちてきた。
「いてててて・・・もうちょっと優しくしてくださいよぉ」
レインが両の羽でズレたメガネを治しているが、ヒロはお構いなしにレインに預けていた自分の荷袋に手を突っ込んで荷物を探し取り出した。
「ケティ起きろ」
荷物を取り出してヒロがケティの体を揺すって起こす。
ヒロの膝の上で寝ていて、立ち上がった時に地面に転がったはずなのだが、ケティは全く起きなかった。
いつもならリロイが飛び出そうとした時に止めていてくれたはずなので、よほど体調が悪いようだ。
「なんニャ」
「よく聞いて。この機械にはナオトの声が入っているかもしれない。だからこれを二人に聞いてほしいんだ」
テープレコーダーをケティとウンディーネの前に置いてヒロは真剣な顔をして二人を見る。
「いいか、俺達は助からないかもしれない。だからもしこれを動かすことが出来て、ナオトの声が聞いたらお前たち二人で仲間を逃がしてくれ。あとレイン、このドームの外に出たらセラを掴んで空へ逃げて。あの子は簡単な計算ならできる。マイスナーで働かせてもいいし、無理ならカシミールのアルノに任せてくれ。あと、20歳になるまで俺が預けてある財産を代わりに管理してあげてほしい」
レインは察してくれたようで無言でうなずいてくれた。
「アストリッド、妖精の粉を。これを叶えたらリロイの元へ行ってくれ」




