神様と異世界転生準備編
人外、モンスター娘、なかなか理解はされないが、俺は人であり人間以外の要素を持った彼女たちが大好きだ。
あるものは翼をもち、あるものは下半身が馬であり、あるものは青い肌に角が付いていたりする。
そんな彼女たちに出会えるのは現実世界では不可能で、異世界転生でもしなければ叶うはずもない。
そんな夢物語を抱きながら迎えた30回目の誕生日。
俺は死んだ。
通勤ラッシュ、人で溢れかえる駅のホーム、いつもの時間にいつもの電車が来た時だった。
押されたんだと思う。
え?と思った瞬間には景色が90度ズレていて、目の前に電車が迫っていた。
――――――
中年のオッサンが机に向かい、額に脂汗を掻きながら分厚い本をめくっている。
お互いに向かい合って座っており、部屋は暗くまわりは見えない。
オッサンの手元がスタンドライトで照らされ、その明かりのせいでより一層まわりが暗く見え難くなっている。
「お目覚めになりましたか。こちらも初めての試みなのでよろしくお願いします。」
気が付いて辺りを見渡す俺に気付いたのか、オッサンが声をかけてくる。
「えっと、すみませんここは…。」
最後の記憶は死ぬ瞬間の記憶。でも、それが夢ならここは何だ?
それにこのオッサンとも全く面識がない。
「あぁ、そうですよね。いやぁ最近の若い子は勝手に理解してくれるので私も説明の仕方忘れちゃいましたよ。」
こうして俺の異世界転生の準備編が始まった。
なんで準備編かというと…転生までとんでもない時間が掛かったからだ。
――――――
「それでは、次に初期の所持金と装備、持ち込みアイテムに関してですが…」
俺の質問にオッサンはまだ続くのかと、ハンカチで汗をぬぐう。
それもそうだ、俺だってもうさっさと終わらせたい。だけどそうもいかなかった。
実は話し始めて5時間ぐらいが経過している。
あまりにも長すぎたのでざっくり説明すると、
目の前のオッサンは転生先の世界で神様と呼ばれる種族の人らしい。
そしてその世界には魔王がいるらしく、魔王軍を倒す術を考えたとき異世界(俺たちにいる世界)から転生したがっている人たちがたくさんいることに気付く。
とりあえず異世界転生を望んで死んだ若者たちを転生させていたんだけど、そいつらが全然使えなくて困っていた。
そんななか、転生する人間の年齢制限を上げて一番最初に来たのが俺。
ちなみに
・転生特典といってもいい『特殊能力』、『特殊装備』は全くない。
・転生先の世界には魔法が存在するが、使えるかどうかは本人次第。
・レベルの概念がないから強くなるためには体を鍛えよう。
・始めに最低限の金をもらえる。
・俺たちの世界の中世位の世界観。
こんな感じだ。
要は、異世界転生して最強スキルで無双してハーレム作るぜ!ってな感じで来た十代の子は間違いなく死ぬ。
二十代は近隣のモンスターを狩ってその日暮らしをしているらしい。
何人かは善戦してるらしいが、やはり進み具合はあまりいいとは言えないみたいだ。
そこで、『今後の転生者への条件の提案』と言う名の俺の転生条件の交渉と、転生先の事前情報収集が始まった。
しかしこのオッサン、本当に神様か?という位、口を滑らせる。
そもそもこんな長話になったのもオッサンが
「いやぁ、何百人も送ったけど生存者が2割切ってまして…」
なんて言ったのが事の発端だ。
ちなみにこのオッサンは10万54歳で、10万16歳の娘が最近反抗期で困っているらしい。
そんな家庭の事情まで交えつつも、ついに話し合いが終わった。
「それではよろしくお願いします。」
「神様もお元気で!」
軽いあいさつの後、視界が光で見えなくなっていく。
いよいよ異世界生活が始まるんだ。
――――――
街のざわめきが聞こえる。
目を開けるとテレビで見たことがあるような赤い屋根の街並みが続いていく。
通りに出ると人、人、人、馬車。馬車!?
見慣れないものに転生の実感がわいてきた。
街の人々の服装も現代とは全く別だ。
ちなみに俺の服は現地に合わせた服をオッサンが用意してくれた。
それもしかたがない。俺の服は俺の人体と一緒に電車にぐっちゃぐちゃにされたらしく、オッサンとの話し合いの前半は真っ赤なワイシャツとボロボロのスーツで行っていた。
流石にその格好ではと、現地の話と並行して服を選び用意してもらったのだ。
ちなみに革のリュックをおまけに貰い、その中にはオッサンの読んでいた本が入っている。
結局約7時間に渉る話し合いの末、まだ足りないということを伝え、まんまとこの異世界転生者への質疑応答マニュアルを手に入れたのだ。
A5サイズで千ページ近くあるこの本には現地で生きてく上での最低限の常識と呼べる知識が書かれている。
ちなみに今の時間は15時。
冒険者ギルドでの登録は17時で閉まる。
神速で登録して、パーティ募集の告知を出して、ざっくり露店や店を見て回ろう。
オッサンと長話しすぎたな。
初日のスタートダッシュが出来ないことを少し後悔しつつも冒険者ギルドへと向かった。
明日はもっと後悔するとも知らずに。