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09.ゴールの後のスタート

 私は、猫のような気軽さでフイとどこかへ行ってしまった応援団員の姿が消えてからも、棒立ちになっていた。

 途中から、ああ、とか、うん、とかしえ言えなくなった私のことを置いてどこかへ行ってしまった。

 つまらない女と思われてしまっただろうか。

 それとも、何も聞こうとしない私に気遣ってくれたのだろうか。

 傍に寄り添う優しさよりか、私は一人にしてくれる気遣いの方が嬉しい。

 落ち込む時は一人で落ち込みたい。

 そう、私は落ち込んでいた。

 無力感に打ちひしがれていた。

 何もできない自分に。

 何もしてこなかった自分に。

 それを自覚させられてしまった。

 だからといってあの人が悪いわけじゃない。

 悪いのは全部自分なのだ。

 独りで気がついて、独りで勝手に落ち込んでしまっている。

「ねえ、さっきの人と知り合いなの?」

「あれ、よっちゃん? いつからそこに?」

 後ろから声を掛けられたのは、よっちゃんだった。

 立ち止っていたらからずっと後ろにいたのかな?

「さっき。ちょっと様子見てたら、あの人と話してたから私だって声かけるの遠慮してたんだよね」

「へえ」

 別に話しかけてもらってもよかったのに。

 それとも、話しかけることさえできないほど、私はみっともない顔をしていたのだろうか。

 一番付き合いの長い友達はよっちゃんだ。

 私がどれだけめんどくさい女なのかは、よっちゃんも分かっているはずだ。

「あの人のこと知ってるの?」

「うんうん。ただちょっと話したことがあるだけで、全然」

「あの人も、私達と同じクラスの人だったよね」

「あっ、そうなんだ……って、よっちゃんと私って同じクラスだったの!?」

「そうだよ! やったね!」

「うん! よかった!」

 飛び上がって喜んでしまった。

 あまり感情を表に出さないようにしているけど、さすがに我慢できなかった。

 よっちゃんと一緒じゃないクラスだったらどうしようかと思っていた。

 昼休みとか、わざわざ別クラスにお弁当を持っていって食べなきゃいけないと思うと、憂鬱でしかたなかった。

 中学ほどでないが、高校だって班で集団行動だってするだろう。

 調理実習とか、一番頻繁にありそうな例だ。

 ああ、良かった。

 よっちゃんがいるだけで、胸を撫で下ろせる。

「……そういえば、今日はどうしてあのガラの悪そうな人と一緒にタクシーで来たの?」

「えっ、いや、あれは、その、今度説明するね」

 別にやましいことがあるわけじゃないのに狼狽えてしまった。

 そんな私を怪しむようによっちゃんは首を傾げる。

「……ふぅん?」

 私の本心を覗きこむような下世話な視線に、私は胸中で嘆息をつく。

 うーん。

 こういうところは本当に面倒なんだよなあ。

 女子は恋愛トーク大好きだから。

 男子とちょっと話しただけで気があるないの話になる。

 私には心に決めている人がいるっていうのは、よっちゃんも知っているはずなのに。

 それなのに隙あらばからかってくるあたり、やっぱり変わっていると言っても、よっちゃんも女子なのだ。

 そんなこと言ったら喧嘩になりそうなので、口には絶対に出さないけどね。

 でも、言っておきたいことがある。

 言葉にすれば、夢は叶うとは思っていないけれど。

 有言実行は私らしいはずだ。

「よっちゃん、私決めたよ」

「え?」

 北高校に入学するのが、私にとってのゴールだった。

 新しいスタートラインがどこなのか考えていた。

 だけど、そんなのすぐに見つかった。

 もっとだ。

 もっと好きな人に近づきたい。

 ただ同じ高校に入学するだけで満足できるほど、私の恋心はちっぽけではない。

 なら、やるしかない。

 あまりルールは知らない。

 おせじにもうまいとはいえない。

 スポーツは全般的に苦手だし、観戦すらもそこまで経験がない。

 いまから勉強しても間に合うだろうか。

 スポーツの中でも練習量が多いので有名なあの競技に、私は耐えることができるのだろうか。

 相手は先輩で、私よりか早く卒業してしまう。

 彼がいなくなってしまったら、私は部活を辞めてしまうのだろうか。

 そうなってしまったら、周りに人に迷惑をかけてしまわないだろうか。

 そんな想いが頭の中を駆け巡るが、もう、止められない。

 私はここまで来たのだ。

 この高校を選ぶことは、人生を変える選択肢。

 だったら私も、自分のやりたいことを貫いたあの猫のような同級生と同じように、やりたいことをやりたい。

 もう、後悔しないように。

 もう、くじけたりしないように。

 私は、再びスタートラインのテープを切ろう。

「私、野球部に入る」


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