04.スマホの使い道
入学式。
その当日。
志望校である北高校に入学できた私は、バス停でバスを待っていた。田舎の高校ということもあるが、私の家からはちょっと遠いせいもあってバスの運行時間があまりなかった。なにせ一時間に平均一本しかなかったのだ。バスの時間を乗り遅れてしまうと、遅刻確実――ということもあって、私はしっかりと一分前に到着した。
……しっかり? しっかりかどうかは分からないけど、これでも急いできたのだ。髪が乱れているので手をクシ代わりにして元に戻す。どうして遅れてしまったのかというと、単純に寝坊だった。
昨日は今日のことを考えると、バックンバックン心臓が活動しまくって寝られなかったのだ。おかげで目の下にクマまでできている。薄い化粧でなんとか誤魔化しているが、大丈夫だろうか? 北高校は進学校であり、県でも有数の学力を持つ高校。校則に関しても厳しいらしく、スマホの持ち込み禁止やら、カラオケ、ゲーセンの禁止やらが言い渡されている。
だが、そんなもの関係ない。
校則は破るためにあるのだ。
スマホを持たないで家を出るなど考えられない。
もっとも、私はスマホいらない派だった。
スマホをコミュニケーションツールの一つとして使うのがリア充としてのたしなみなのだろうが、私にとっての友達などよっちゃんぐらいしかいない。あとはまあ、家族との連絡ぐらいか? どちらにしても、ただでさえ普段から人と話すのが得意ではない私が、自分の部屋というオアシスで、自分ひとりの自由時間を楽しんでいる時に、他人に時間を奪われるのだ。しかも既読スルーなんてしたら、クラスではぶられたりする。そんな理不尽あるのか? そこで、私スマホ持っていないんだよねー、あはは、って返せば、あっ、こいつ時代についてこれない遺物だと認識されて、相手にされなくなるのだ。こっちもわざわざ話す余裕もないので、あっちが最初から離れてくれる。お互いにウィンウィンの関係になれるというわけだ。班行動とか修学旅行とかの集団行動の時は地獄をみるが、裏を返せばそのぐらいしかない。だから、スマホなんていらないと親をつっぱねていたのだが、しつこいぐらいに親に勧められたので使ってみたのだが、これはいい。かなりいい。
誰かとコミュニケーションをとることに関してはまったく使わないのだが、自分ひとりの暇つぶしとしては最適だった。バスや電車で暇な時に本を開いていると、えつ、なにこいつ? みたいな怪訝な眼で観られたりとか、見知らぬ人になに読んでいるの? とか質問されたりする。それが嫌だったのだが、スマホでスマホゲームなどをしていると、他の人もやっているので気にならない。
外国の方からは異様にみえるらしく、うつむいている歩く姿がゾンビに見えるらしいのだが、これが結構癖になる。スマホゲーは大体が中身がなく、シンプルな動作ばかりでゲーマーからしたらぬるいと思われそうなのだが、終わりがないのでいつまでもやっていられるというのがある。すぐにアップデートができるのも特徴だろう。家庭用ゲーム機のソフトというものは、一度発売してからダウンロードコンテンツをしようとすると、どうしてもお金が発生する。そこでは批判が集まるのが普通なのだ。だけど、ソシャゲのガチャに関してはみんな文句を言わない。ソシャゲの方が明らかにお金を搾り取っているというのに、何故かソシャゲに関しては肝要なのだ。最初から課金というシステムで売りだしているから当然と言えば当然なのだろうか。日本人は一人が右を向いたらみんな右を向くといったように同調意識が強いということもあって、私はスマホを使いやすい。うん、ほんとうに。本を開くよりかはよっぽど楽なのだ。
「おい」
「?」
スマホの素晴らしさについて思考を巡らしていると、背後の男の人がドスの効いた声を漏らした。なんだろう。もしかして、この人もスマホを使っているのだろうか。話し中だとか? もしも私に話しかけていないのにスマホで電話中だったとしたら? 振り返ったら自意識過剰女と思われそうなので、私はしらんぷりをしてスマホに視線を落とした。
明日からはもっと余裕をもって家を出なければ。一本前のバスは早過ぎるので、もっとスマホのアラームを増やしてやらなきゃ。
「おいって言ってんだろ!」
むんずと肩をつかまれる。
「いたっ」
「あっ、わりっ」
悪びれていないように見えるその男の人は、私と同じ制服を着こんでいる男子だった。私よりかは身長が高く、粗暴な目つきで少々ヤンキーくさい。制服の下から赤いシャツが見えるし、金色のチェーンなんかも首元に見える。本当に私と同じ北高生なのだろうか?
くちゃくちゃ聴こえるのはガムを食べているだろうからだし、乱暴に背負っている鞄だって悲鳴あげているし、北高のイメージがこの人一人で下がったような気がする。
「なあ、あんた俺と同じ北高だろ?」
「ああ、はい……」
裾が長めなので、もしかして一年生だろうか?
そんな風にまじまじと眺めていると、男の人はあっけらかんと衝撃的な言葉をいう。
「なあ、もしかしてバスもう出たんじゃね?」
「え?」
バッ、とスマホの時刻を眺める。確かにバス到着よりか七分も過ぎていた。おかしい。今日は晴天。雨ならば多少の遅れは分かる。だけど、雨だからといって七分も遅れることなどない。
「もしかして、遅刻……? そんな、だって、私、一分前に来たのに……」
「俺だって早めにきたっつーの。だけど……俺達以外に誰もないっておかしくね?」
確かに私達以外に人影はなかった。
バス停にもっと会社員や学生で溢れかえっていてもおかしくない。
家の人間に送ってもらうことなどできない。
両親は既に会社に向かっている頃だろう。
今から戻って自転車に乗る?
いや、距離的に遅れてしまう。
どうしたって遅れてしまう?
ううん。
たった一つだけ方法がある。
この冴えたやり方なら、学校初日に遅刻することなく到着することができる。
そのためには、まず下準備が必要だ。
「とりあえず、スマホを使おう」