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22/22

22.呪縛からの解放

 私は憧れから決別した。

 犬塚先輩が歩いていても、そこまでどぎまぎしなくなった。

 よっちゃんと話すことはなくなって寂しかったけど、男子とは話すようになった。

 そして、私が北高校に入学してから数ヶ月経った。

 応援団にはまだ所属していた。

 一年生が入っても、みんなすぐ辞めていった。

 それだけ応援団が厳しかったのだろうけど、私はまだ辞めずにいた。

 先輩へ近づきたいという想いは叶わなかったけど、それでも後悔していない。

 今は、応援団に入って良かったって思っている。

 文句なく、今の高校生活は、人生で一番幸せな時期だという確信がある。

 だって、こんなにも楽しいのだから。

 足に羽が生えたみたいに、ステップが軽い。

 今日はあまり楽しくない日のはずなのに、私は笑っていられる。

「ねえ」

「……よっちゃん?」

 驚いた。

 よっちゃんから話しかけてくるなんて。

 あの時以来かも知れない。

 お昼を断られた時以来、数か月ぶりによっちゃんとまともに顔を合わせている気がする。

 よっちゃんは、タオルを首に巻いて野球部のマネージャーが着るユニフォームを着ていた。

 今日は、大切な日。

 北高校も含め近隣の高校の野球部の四校が、一つの会場に集っている。

 四校定期戦。

 数十年以上前から行われている行事らしく、一大イベントだ。

 四校の野球部がトーナメント方式で戦っていく。

 夏の大会の前哨戦といったところで、練習試合とはいえ真剣に戦う。

 しかも、全校生徒が集まっての大会なのだ。

 盛り上がらないはずがない。

 その野球部を応援するために、私達応援団も練習を重ねてきた。

 初めての四校定期戦に緊張しまくっている私は、トイレに何度も行っていた。

 男子と仲が良いといっても、流石にトイレまでついてきてくれるわけもなく、一人でトイレに行っていたのだが、まさか私が一人になったのはを見計らって、よっちゃんは話かけてきたのだろうか。

 もしかして、今更謝りに来たのだろうか。

 たまーにいるのだ、そういう人が。

 ぞんざいな使いをしてしまったことに罪悪感を心のどこかで覚えていて、それを解消したいがために謝ってくる人が。

 もちろん、反省なんてしていない。

 自分が悪いなんて本心では毛ほども思っていない。

 ただ、心のもやもやをスッキリさせたいだけなのだ。

 そのためだけに、私を利用する。

 そういう人間が私は大嫌いだ。

 悪なら最後まで悪でいて欲しい。

 自分だけの正義を抱きながら、ずっと他人を傷つけたままでいて欲しい。

 それが、人を虐めた人間が辿るべき道だと思うのだ。

 だが、よっちゃんが話したかったことは、私の予想をはるかに超えていた。


「私、犬塚先輩と付き合うことになったから」


 一瞬、お互いの時が止まった。

 だけど、私はすぐに動き出す。

「……そう。おめでとう!」

「恨んでないの?」

「全然!」

 言ってから驚いた。

 恨んでいない自分に驚いた。

 もしも、心ない謝罪だったら、無視しようと思っていた。

 絶対に楽をさせたくはなかった。

 一生もやもやを抱えて生きて欲しかった。

 でも、ただの報告だった。

 だったら、私は何も言わない。

 むしろ、祝福すべきだろう。

 きっと二人はお似合いだ。

 相性がいいと思う。

 先輩はあまり考えずに行動して、よっちゃんは無駄に考えを巡らすタイプだから、ないところを補えるような関係だと思う。

「だって、私、ダイヤモンドの恋をすることができたから! だから、むしろよっちゃんには感謝しているんだ!」

 野球のグラウンドの内野――塁を線で結ぶとひし形、つまりはダイヤモンドの形をしている。

 そのことから、ダイヤモンドと呼称されることがある。

 私は、ダイヤモンドで恋が成就すると思っていた。

 でも、それはできなかった。

 だけど、私はダイヤモンドの恋を今している。

 虎鉄君も、それに、猫山君もとてもいい人たちだ。

 こんな私のことを助けてくれた。

 きっと、あの二人に恋をしている。

 私はあの二人の傍にいたい。

 横にいるだけで、心が温かくなる。

 どっちかなんてまだ選べないけれど、私は今、本当に幸せだ。

 手に届かないものに思いをはせることは辛かったけど、今はとても楽しい。

「あっ、そう」

 ギリッ、と奥歯を噛みしめる音がした。

 よっちゃんは負けて悔しがるような顔をして、逃げるようにどこかへ行った。

 きっと、自慢したかったのだろう。

 私が悲しい顔をしているのをみて、自分が優位に立ちたかったんだろう。

 私のことが嫌いなはずなのに、そこまでするなんて本当に暇なのか。

 それとも、先輩のことは本当は好きじゃなくて、あてつけのために付き合って機嫌が悪いのか。

 まあ、どうでもいいか。

 あの人がどうなろうが、どんな気持ちでいようが私にはもう関係ない。

 友達という足枷をいつまでも気にかけていられない。

 私には私の人生があって、将来があるんだから。

 呪縛を断ち切って、私は前へと歩き出そう。

 ダイヤモンドに輝く未来へと。


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