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21.最強の刺客

 私と、それから虎鉄君と、猫山君とご飯を食べてから。

 それから露骨に女子から嫌われるようになって気がする。

 表立って悪口を言うようなことはされない。

 猫山君がその度に怒ってくれるからだ。

 陰口だって言われることはなかった。

 少なくとも、猫山君がいる時は。

 だから、無視はされるようになった。

 空気のような扱いを受けたのだ。

 まあ、分からなくはない。

 私みたいなしょぼいというか、陰キャな人間がいきなりクラスどころか学年でも指折りのイケメンとなにやら仲睦まじくやっている。

 それで腹が立ってしまったんだろう。

 私がみんなみたいな立場だったら別に嫌がらせはしないけれど、ちょっと嫌だなぐらいには思うかもしれない。

 女子は男子のことを馬鹿にしがちだ。

 あいつら単純で子どもだと。

 だから裏でこそこそやっていてもばれやしないと。

 確かに女子よりかは、人の悪意に関して敏感じゃないかもしれない。

 だけど、流石に女子全員で毎日私のことを無視すれば、どんなバカでも気がつく。

 ぼっちになってしまう。

 それで男子が気遣って喋ってくれるようになった。

「大丈夫? えっ、と、何か手伝おうか?」

 とか、言ってくれるようになった。

 学校では班行動が絶対につきまとう。

 みんなで千羽鶴を折ったりとか、家庭科の授業とか、絶対に私があぶれてしまう時とか、手をさし伸ばしてくれるようになった。

 私の名前とかは覚えてくれていないみたいだったけど、素直に嬉しかった。

 猫山君とか虎鉄君以外にも男子と仲良くなってきた。

 それが女子達にとっては気に喰わないらしく、イライラしているのは伝わった。

 そうやって不機嫌さを顕わにすればするほど、自分達はモテないってことには気がつかないようだった。

 男子の輪に入るようになってから聞くようになったけど、そういう女子の悪口を男子は言っていた。やっぱり、そういうことには気がつくんだと思った。

 だけど、そうやって女子達が私をいじめるようになったのは、きっと、よっちゃんのせいだったのだろう。

 よっちゃんが助けてくれないから、こうなった。

 きっと、私がモテようが、モテまいが、私はこうなっていたに違いない。

 よっちゃんが防波堤になってくれていたのだ。

 私みたいな生意気な女、女が一番嫌いな人だろうから。

 女子が好きなのは、男っぽい女、こびない女、自分よりブスな女とか、そういう人だ。

 もしくは、自分の言葉に、うんうん、肯定するだけの女。

 そんな風に、私はなれなかった。

 とにかく、否定しかできなかった。

 煙たがられて当然だった。

 自分の意見を言っちゃいけない。

 それが女子の鉄則だ。

 その鉄の掟を破ったらどうなるか。

 きっと、私は分かっていなかった。

 正直、そこまで重要視していなかった。

 私は男子じゃないからそこまで分からないし、男子を語っていいのか分からないけれど、絶対に男子より酷いことが起こったと思う。

 男子のいじめの現場なんて、多分悪口を言うだけだと思う。

 暴力を振るうだけだと思う。

 それはそれでキツイかもしれないけれど、私にはこっちの方が効いた。

 人によるのだろうけれど、右ストレートとボディーブローどっちが効くかという質問にどう答えるか? みたいなことだと思う。

 私は後者だった。

 ただそれだけだった。

「あれ? もしかして君、安藤さん?」

「……………………は?」

 それは突然やってきた。

 話しかけてきたのは、犬塚先輩だった。

 意味が分からない。

 突然話しかけられてきた。

 別に、犬塚先輩と接点があるわけではない。

 話しかけたことも、話しかけられたこともない。

 それなのに、どうしてだろう。

 なんで、私なんかに話しかけてきてくれるんだろう。

 いや、それよりも重要なのは、私の名前を、犬塚先輩が知っているってことだ。

 なんで?

「あの、どうして?」

「ああ、ごめん、いきなりだったかな? 実は、君のことを聞いてさ……。心配だから声をかけてくれてって言われたんだ」

 ドクン、と心臓が跳ねあがる音が聴こえた気がした。

 たどりつきたくない答えにたどり着いた気がした。

 なんでだろう。

 なんでそんなことを思ってしまうんだろう。

 そんなはずないのに。

 だって、あの人はまだ友達のはずなのに。

「あの、それってもしかしてよっちゃんですか?」

「うん、そうだけど?」

 ガラガラと、自分の中の何かが壊れていくようだった。

 ああ、そうか。

 そこまでするんだ。

 私が幸せそうなのがきっと気に喰わないんだろう。

 よっちゃんは私にとってなくてはならない存在。

 そういう風に思い込みたいのだ。

 もっと落ち込んでいて欲しいのだ。

 私が切り捨てたんだ。

 だから、向日葵が普通でいるのが赦せない。

 もっと半身が損なわれたような態度でいろと、そういうことなのだ。

 だから、私が平然と学校生活を送っているのが嫌で、こうして無自覚な刺客を送り込んだのだ。

 どうして、先輩はこんなことをOKしたのだろう。

 分かっていないのだろう。

 私が黙っているのを見て、普通に心配そうな顔をしている。

 もしもこれが演技だったら、たいした狸だが、そこまで嘘が上手いようには見えない。

 うまいな。

 私の心をこんなに簡単に壊すなんて、流石は私の元友達だ。

 よっちゃんは、本当に私のことを知り尽くしている。

 私を不幸にするために、犬塚先輩をよこしたんだろう。

 仲の良さをアピールをしたいのだろう。

 自分達は仲が良い。

 だって、こんなしょうもないことで、犬塚先輩を動かせるんだからって、そんな風に遠回しにアピールしているのだ。

「先輩、その、よっちゃんとは仲が良いんですか?」

「仲が良いって言うかって、まあ、彼女はマネージャーだから。普通じゃないのかな」

「そう、ですよね……」

 そう答えるに決まっている。

 仲が良くても悪くても、そうやって濁すに決まっている。

 だって、私と先輩は仲が良くないから。

 仲が良くないから当たり障りのないことしかいえない。

 心の内を晒すことなんてできない。

 他人だから。

 よっちゃんと私は違うのだ。

 よっちゃんはきっと、既に先輩の心の内にいるのだ。

 だって、いくら後輩と先輩の関係と言っても、こんなことするだろうか?

 ただの後輩に頼まれて首肯するだろうか。

 自分の友達が落ち込んでいるようなので声をかけてやってくださいと言われて、実行するだろうか?

 仲が良くないとそんなことしないだろう。

 それか、もしかして、よっちゃんは全てを暴露したのだろうか。

 私が先輩に恋焦がれていることを。

 それなら、落ち込んでいるみたいだから、先輩が声をかけてあげてくださいよ、そしたら元気でますよ、じゃないとあの子落ち込んだまま自殺しちゃうかもしれませんよ、とか言われたら先輩だって、私のためにここまでやってくれるかもしれない。

 どっちにしろ、先輩は何も知らないお人よしってことだ。

 純粋であることこそが善だと私は思っていたけれど、逆にきつい。

 正しいだけであることこそが、とある人にとっての善意にはならない。

 こんなの、ただの拷問だ。

 正義の味方はいない、と断言する人はいるだろう。

 悲観的に世界を評する人がいる。

 だけど、私は楽観的に、正義の味方はいるのだと断言しよう。

 ここに、正義の味方はいる。

 先輩こそが正義なんだ。

 誰かを思いやって声をかける。

 そのどこに悪があるのだろう。

 もしも悪がいるのだとしたら、正しい行いを迷惑だと思っている私のことだろう。

 そして、


「おい、なんだ、お前」


 もっとも正義からかけ離れていそうな、虎鉄君がどこからか駆けつけてきてくれた。

 万人にとっての救いが正義なのかもしれない。

 でも、私個人にとっては、悪こそが救いだった。

「女を泣かせるんじゃねぇーよ!」

 激高する虎鉄君のせいで、自分が泣いていることが分かった。

 私、涙もろくなっている?

 いいや、違う。

 今までずっと他人と接してないから知らなかったんだ。

 誰かと接すると、心がこんんなにも揺れ動くことを。

「ごめん、なにか悪いことした?」

 先輩が私のことが心配なのか、触れようとする。

 私はその手にすがることだってできた。

 触れ合うことだってできた。

 ずっと大好きだった人。

 ずっと憧れだった人。

 そんな人に触れられるのだ。

 いくらよっちゃんの画策がどこかにあったとしても、その優しさに触れることは拒絶なんてしづらかった。

 でも、私は一歩退いてしまった。

 彼の手から逃れた。

 触れられることはなかった。

 なんでかは分からないけど、それは違うと思った。

「いいえ。ごめんなさい。なんでもないです」

「あっ、おい――」

 私は逃げ出してしまった。

 虎鉄君が追いかけてきてくれた。

 だから言ってあげよう。

 今の気持ちを。

「ありがとう」

 本当に助かった。

 憧れは、憧れで終わりなのかもしれない。

 まるで、魔法が解けたお姫様のような気分だ。

 私は何をしていたんだろう。

 ずっと、遠くから眺めつづけているだけで、恋が成就するわけがない。

 テレビで映っている芸能人を見て、何もせずに漠然と付き合いたいなーって思っているのと同じだ。中にはファンレターを送った元ファンが、本人と付き合うことだってあるらしいけれど、私は何もしていなかった。

 そして、それは先輩も一緒だ。

 最悪な入学式を迎えて、そして、今も最悪な人間関係に悩まされている。

 だけど、憧れのあの人は、助けてはくれなかった。

 何も言っていないのに、勝手に助けてくれる。

 そんな王子様のようなことはしてはくれなかった。

 話をして分かった。

 先輩はただの人間だ。

 どこにでもいる、ただのいい人だ。

 運命の人なんて、私にはいなかったのだ。

 大切な人達は、私のもっと近くにいたのだ。

 周りの正しさを否定する。

 それができる人間が、日本に、世界にどれだけいるんだろう。

 たった一人の女の子を助けるために、自分が悪になれる男がどれだけいるんだろう。

 きっと、一握りの人間だけだ。

 同調圧力に負けて、何もできない人ばかりなはずだ。

 だからこそ、私は大切にしたい。

 この出会いを。

 運命の人とは縁がなかったけれど、それよりも運命的な人に出会えた気がする。

「……おう」

 恥ずかしがりながらこちらを観ようともしない、虎鉄君の耳は赤かった。

 きっと、自分でもキザなことをしたのだと自覚したんだろう。

 私は、そんな彼のことを愛おしいとさえ思った。


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