02.進路相談
「私、北高校へ行くよ」
カラーン、とスプーンを落とすよっちゃん。
スプーンがちょっと盆にこぼれてしまったので、私は添えおきのティッシュで拭いてやる。
私達は今、ファミレスにいる。
小遣いが月に三千円しかない私達にしてはお高い昼飯となっているが、今日は大事な用があるからよっちゃんを私が誘ったのだ。定食を大盛りとかで食べたかったが、単品のお安いやつで、ドリンクバーを利用せずにただの水で居座っていた。
言おう言おうと思っていて中々言い出せずにいたのだが、ようやく今日の本題を切りだせたのが入店してから三十分も経ったころのことだろうか。
だけど、何故かよっちゃんはフリーズしてしまっている。
「ごめん、向日葵。昨日深夜まで漫画読んでいたせいで寝不足なのかもしれない。もう一回言ってくれる?」
「私、北高校へ行くよ!」
「うーん。さっきより元気いいね。どうやら夢じゃないみたいだねー。あの、あの勉強大嫌い人間の向日葵が北高校へ行きたいなんて言い出すなんて……。でも、大丈夫なの? もう中学三年の夏休みだよ?」
「うん、だから塾へ行こうと思うんだ。夏休み限定の短期講習とかそういうのあるよね? 私、頑張ってみようと思う!」
夏を制する者は受験を制す、なんてことをは良く言われるものだ。
だからといって、中学三年生のこの時期に私なんかが県内でも有数の進学校に合格できるかは微妙だろう。
私は元々そこまで学校の成績がいいほうではない。
私達の中学は勉強に力が入っていて、中学一年生の頃から志望校の高校を訊かれたりとか、放課後に居残りして先生が勉強についていけない子どもに対して授業もどきのことをやったりとかしたりしていた。私もその居残り組ではあったのだが、それでも真剣に勉強に取り組んではないなかった。あくまで先生に言われるがまま適当にやり過ごしてきたに過ぎない。
だけど、今、私は燃えている。
手遅れかもしれないが、今本気にならなければ私は一生後悔する気がする。
「……ふーん。『愛の力』は偉大だね」
「ぶふぉ!」
口に含んだ水を噴き出してしまった。
よっちゃんが汚い泥を取り除くように拭き取ってくれる。
「な、なんで、愛の力!? わ、私は別に昨日のあの人のために進路を変えたわけじゃないから! ただ純粋に志を高く持とうと思っただけだから!」
「あれれー。愛の力って私は言っただけで昨日のあの人なんて一言も言っていないんだけどなー」
「……もーう、いじわるう。もう、いいよ」
「あはは。ごめん、ごめん。からわないから」
よっちゃんはそういうとスプーンから手を放した。
「でも、本気なんだね?」
「本気だよ。本気で勉強して私、北高へ行きたい」
あの人のことを私は何も知らない。
もしかしたらもう彼女がいるのかもしれない。
でも、そんなの関係ない。
何もできなくて、そして何もしようとしなった私がようやくやる気になったのだ。
この想いを消したくない。
全身全霊でやってみたいのだ。
少しでもあの人の近くにいたい。
今すぐ告白したとしてもきっと玉砕するだけ。
だからもっと親しくなって告白したい。
「どこの塾へ行くの? オススメは駅前の塾かな。あそこが結構スパルタで厳しいって有名だけど、個別で指導するコースもあるからいいと思う。私も一緒にいってあげるよ」
「えっ、よっちゃんも? なんで?」
「私も親からちゃんとした学校へ行けって言われていたし、北高校は候補の一つだったんだ。だけどさ、私的には向日葵と同じ高校に入りたかったから渡りに船って感じ? 向日葵のことだから、そのへんの近所の高校を適当に行くかと思ってたけどさ、北高校だったら親を説得できるよね。だからさ、頑張って一緒に塾で勉強して北高校いこうよ」
「よっちゃああああん」
私は感極まってよっちゃんに抱きつく。
他の客とか店員に変な顔をされてしまうが、どうでもいい。
「おー、よしよし。まっ、私は大丈夫として、向日葵がしっかり合格できるかが問題だけどね」
「うっ……」
これからの勉強漬けの日々を想像して既に気分が悪くなってしまったが、バラ色の高校生活のことを考えればそんなのへでもない。
「が、頑張るもんっ!」