13.猫山春
「ボクでよければ相談に乗るけど」
そういう応援団の人は、とてもいい人のように思える。
思えるが、少し困ってしまう。
何と呼んでしまえばいいのか。
「えーと」
「ああ、そうか、安藤さんに名乗ってなかったもんね。僕の名前憶えてないよね?」
「え、いや、そんなことは……」
とか言いながら、憶えていないかった。
というか、知らない。
あまり他人のことなんて気にしていなかったから。
「猫山春です。よろしく、安藤さん」
「は、はい」
なんだか、落ち着いているなこの人。
同じ年齢とは思えない。
猫山くん、か。
「あの人、なんなの?」
と、なにやら後ろから不機嫌そうな声が聴こえる。
思わず振り向くと、女子が固まっていた。
「猫山くんとも知り合いなの?」
「虎鉄くんとも何かあるみたいだよねー」
「あんな冴えない顔をしているのに、なんで猫山くんとかがちょっかいだしているわけ?」
え、なにこれ?
確かに猫山くんはイケメンだけど、なんでそういう展開になっちゃうかな。
猫山くんとはほとんど喋ったことないんだけど。
なんでよく知らないクラスメイトに色々言われないといけないんだろう。
そんなに悪いことしたのかな?
「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの?」
いつもよりも眼を細めた猫山くんが、女子に向かって言い放つ。
「えっ、いや、その」
「なんでもないし……。ね、行こ」
「う、うん」
他のクラスメイト達がめざとく、なんだ、トラブルか? 男子と、女子と、とか言いながら注目しだしたせいか。
女子達はそそくさと逃げるようにして教室から出ていく。
「あれ? どこか行っちゃった?」
その声は、あくまで自然体。
勝手に声から出たようで、かっこつけた様子なんてまったくない。
でも、そういうところが。
はあ。
かっこいい。
この人にしかできないことだ。
きっと、私なんかが抗議したって、あの人たちは話すら聞かなかっただろう。
さらりと実行して、そして成功させるこの人のかっこよさは異常だ。
あまり他人に関心を抱かない私でも、さすがに心動かされた。
私が普通の女子だったら今の一連の流れで惚れてしまいそうだ。
「ごめんね、話の腰折っちゃって。それで何かあったの?」
「あの、それは、その……」
どうやって話を切り出していいものか分からない。
「ごめんね、やっぱり言いづらいよね。じゃあ――」
だめだ。
このまま行かせたら。
私のことだ。
この絶好のタイミングを逃したら、どうせズルズル引きずる。
言い出せなくなってしまう。
今の内に言っておかなくちゃ。
野球部に入れない。
サッカー部のこともよく分からない。
だったら、少しでも知り合いのいる応援団がいいはずだ。
「あ、あの、応援団って女子でもいいのかな?」
ごくり、と喉を鳴らす。
猫山くんがどんな反応を示すか分からない。
「……それって、もしかして安藤さんが応援団に入りたいってこと?」
「う、うん。あっ、でも確定ってことじゃなくて、ちょっと体験入部というか、見学はしたいかなって……」
私と違って、猫山くんはガチ勢なのだ。
本気も本気。
この高校に入って応援団をやるために、自分の進路を決めたほど。
私なんかが思いつきでこんなことを言ったらどうなるか。
怒ってしまってもおかしくない。
そう思っていたら、両肩に手を乗せられる。
こ、こわい。
怒鳴られる?
そう思っていたら、全然反応が違った。
「もちろん、見学でも体験入部も大歓迎だよ! ぜひ、見に来てくれる?」
「え? いいの?」
「どうして?」
「だ、だって、中途半端な気持ちで入ったら嫌がるかなって……。猫山くんって応援団に本気だから」
「中途半端な気持ちなの?」
「そ、それは……」
そうだとは明言できなかった。
どうなるだろう。
野球部ではにべもなく断られたのだ。
はっきりと中途半端な気持ちだといったら、あの時のように精神フルボッコにされないだろうか。
それが気がかかりだ。
「別にいいんだよ。どんな気持ちだって。SNSとか見ているとさ、詳しい人が新規の人を叩いているのをよく見るけど、あれは間違いだと思うんだよね。どれだけ古参の人だって最初はにわかだったんだ。軽い気持ちで何かを挑戦するとしても、それでも僕は挑戦することそのものに意味があると思っている。応援団は大変だろうけど、安藤さんが本気なら、僕も精一杯フォローするよ」
「う、うん……」
どうしてだろう。
泣きそうになってきた。
視界が歪む。
別に泣くようなことでもないのに。
悲しいわけじゃない。
ただ、ほっとしたのだ。
私はそこまで感情の起伏が激しくないものだという自覚があった。
なのに、なんで涙が……。
そんなにショックを受けていたなんて。
自覚症状ゼロなんだけど。
「大丈夫? いる?」
「あっ、ううん、いい、いいです」
ハンカチをサッと差し出してくるあたり、ほんとうにイケメンだ。
顔だけじゃなくて、精神がイケメンだ。
私は涙をこらえながら、なんとか最低限の一言を絞り出す。
「それじゃあ、よろしくお願いします」




