01.向日葵の春
私は野球が好きというわけでも嫌いというわけでもない。
甲子園がテレビでやっていて、地元の高校があったら応援する。
まあ、その程度の認識でしかなかった。
だから私が他校の、しかも高校生の練習試合を見に来たのは特別ファンだからというわけではない。
私の友達のよっちゃんに無理やり誘われたからだ。
よっちゃんの兄が野球部らしく、他校との練習試合の応援の付き添いに来たのだ。よっちゃんは私の友達ということもあってか、あまり社交的ではない。応援席は野球部の家族がいるのだが、ほとんどがお母さん。あとはお義父さんとか、おじいちゃんとかおばあちゃんがちょこちょこいるだけで、そのほとんどが大人なのだ。私達のようなチンチクリンな女子中学生が一人で行くとなったらそりゃあ、気後れもするだろう。
割とブラコンが入っているよっちゃんはずっと兄のことを応援したかったらしいが、私が一緒なら勇気を出して応援に行けるということになって、まあ、私がお呼ばれされたというわけだ。
非常に気が進まない。
だって野球部だ。
わざわざ野球をするために頭をつるっぱげにして、毎日この炎天下の中グラウンドで球を追いかけたり、空に放物線を描けたりすることに必死な連中の気持ちなど私には一切分からない。私とは真逆の存在だ。私は特にこれが趣味です! と胸を張って言えるよなものはもっていないが、ゴリゴリのインドア派だ。
スマホのソシャゲとか、ラノベを読んだりとか、それからたまに絵を描いたりとかする。ソシャゲでは全国ランキング千位以内とか、ラノベは一年間に三百以上読むし、美術部でもないのに学級代表として公共施設に飾られたことがあるけど、まあ、その程度だ。きっとそのぐらい普通だろう。どうせだったらどんなことであってもいいから、一位がとりたかった。輝きたかった。主人公になりたかった。
だけど、私には何もなかった。
特別なことなんてなにもなくて、だからといって何か努力するわけもなかった。
服とか見た目とか、髪の毛とか、そういうものに一切興味がないせいで、彼氏なんてできたことがなかった。それどころか異性の、男の人と話したことだってあまりない。いや、ちょっと見栄を張ってしまった。ほとんどない。
班活動とか体育の時間とかで世間話を喋るぐらいなものだ。
恋に興味がないわけではないけれど、私がインドアなせいで恋ができないでいるのかもしれない。
だって、創作物の中の恋物語は劇的なのだ。
命を張ってヒロインのことを守るヒーロー。どんな敵がいようとも、身分の差や遠距離であったとしても、最後の最後に運命の相手と結ばれる。
そういう話ばかり溢れていて、私は普通の恋愛ができなかった。
平凡な出会い方をした男子と恋ができるとは思わなかった。
一目ぼれなんて信じていないし、恋をしたことがないから恋愛なんて分からない。
二次元に浸かりきっているせいで、現実の出来事に一々心動かされることはない。現実世界のことよりも、漫画とかラノベで泣いたり、感動したりすることが多いのだ。だから、私はきっと一生恋なんてできない。
「危ないっ!」
「えっ――」
よっちゃんの声が聴こえたけど、私の反応は遅れてしまった。黒い影が大きくなるのだけは分かって、危険を察知して上を見上げたのが余計なことだった。
「うげっ!」
乙女とは思えない悲鳴を上げたのは、ファールボールが額を直撃したからだった。痛い。星が飛んだ。最悪だ。なんで私がこんな目に合わないといけないのか。考え事をしすぎて試合に集中していたら避けられたかもしれないとかそんなこと思いたくない。どう考えても、下手くそなバッターのせいだ。
「大丈夫? 向日葵」
「うん、だ、大丈夫、なんとか……」
横にいたのに自分はちゃっかり避けているよっちゃんに少しばかりの八つ当たりを内心でしながら、私は眼をようやく開ける。その瞳に映ったのは、わざわざタイムをとってこちらにやってきた相手チームの奴だった。バットを横に投げたあたり、こいつが主犯なのだろう。せっかくだから断罪してやろう。
「すいません、大丈夫でしたか!?」
「大丈夫なわけないでしょ! あんたのせい――で――」
言葉は続かない。
全身が真っ黒に焼けたその年上の野球選手が帽子を脱いで、顔を見てから私はあんぐりとアホのように口を開けっぱなしにしてしまったのだ。何故なら、そこにいるのは、超、超、超イケメンだったのだから。すらりとした長身でまるでモデルみたいだった。顔が小さい。私よりも顔が小さいかもしれない。ユニフォームの上からでも身体が引き締まっているのが分かって、それがただのマッチョというわけではなく、ちょうどいい、そう、細マッチョというやつだろうか。野球部なのに、野球部らしくなかった。白くて綺麗なアーチを描いている歯を見せながら、私に近づいてきた。
「すいません! 本当にすいません! 頭大丈夫ですか?」
「いい、いいから!」
「す、すいません! 触っちゃだめですよね……。俺、アホでほんとすいませんでした!」
ぐああ。
顔が赤い。熱いのだ。なんだろう、この熱さは。
ぶつけてしまった額に触ろうとしてきたから、強めに払いのけてしまった。拒絶してしまったと思われただろうか。……なんでこんなこと考えるんだろう。私って、基本的に他人にどう思われようとも構わないたちだ。本当は死ぬほど他人の眼が気になるけど、そういう自分が嫌で、集団から離れることが多かった。
そのせいで集団行動大好き女子からは奇異の眼で見られたけど、それでもよかった。離れてしまえばなんとも思わなくて済む。友達だとか、中途半端な関係を築いてしまうと、心を赦してしまうと、ちょっとしたことで惑ってしまう。傷ついてしまう。だからこそ、私は心を無にしてきたのだ。だけど、今の私はどうだろうか。もしかして、私、気にしてしまっているのだろうか。この人に、嫌われたくないと思っている? なに、それ。あれ、これってもしかして、あれじゃないだろうか。古今東西誰もが人生に一度は経験するといわれているやつじゃないだろうか。
「すいませんでした!」
爽やかに去っていく動作だけで、輝いてみえる。
私は何も言えなかった。
最低だ。
こんなにも愚図なんて。
こんなどうしもなく平凡な出会いをしたのに、私は落ちてしまった。
恋に落ちてしまった。