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7 初依頼は

 朝。夜明けも随分過ぎた頃。冒険者ギルドの掲示板前にて、私たちは依頼をどれにするかの相談をしていた。いくつもある依頼の中から、私たちに適した依頼を探しているのだ。


 私たちは超人だ。私はともかく、エルサは超人として、私とは比べ物にならないくらい強い。

 魔法はいくらでも使えるし、火も水も風も思いのまま。腕力が私と同じくらいなのを除けば、他は全て私より勝っている。それに比べて私は力が少し強くて身体能力がちょっと高いだけ。情けなさなんてものは言うまでもなくあるが、ここまで来るといっそ誇らしさまである。私の友人はこんなに強いんだぞ、と……。


「じゃあ最初だし、これにしない?」


 そういってエルサは、一枚の依頼書を指さした。


「大丈夫そうなの?」

「うん、これならできそう」


 その内容は、近辺の魔物を倒して欲しいというものだった。


「これはギルド側から出されてる依頼なんだけどね。常に貼り出されてるもので、依頼という名目で街周辺の治安維持を頼んでるんだよ。」

「冒険者以外にその治安維持をする組織とかはないの?」

「ないんじゃない?わかんないけど」

「ふーん……でも結構簡単そうだし、これにしよう」


 そうして受付でその依頼を受諾し、軽く説明を受けたあと、ついに街の外へ出る門の前へと立っていた。


「なにかと門に縁があるなぁ」と思いながら、エルサと、他複数人の冒険者たちとともに門をくぐっていく。


「どんな魔物がいると思う?」


 エルサはどこに目を向けるということも無く、辺りに目を配りながら唐突に聞いてきた。


「流動する液体生物、子供ほどの背丈の下っ腹が膨れた小鬼、火を吹く蜥蜴、八つ脚八目の人間とか」

「具体的だね。エルサの予想だと、火を吹いて顔を巨大化させる狼に、深謀(・・)深い小人。猛毒を生み出す大百足と、それを喰らう大邪(だいじゃ)だね」

「そっちも人に言ってる割には具体的な予想をするけど、その自信はどこから拾ってきたの?」

「そこら辺かな?」

「なんじゃそりゃ」


 そんな他愛もない会話を昨日のうちに買い揃えた装備一式を揺らしながらしていると、目標としていた場所を視界に捉えられる場所まで来ていた。


 そこには、自分たちの暮らしていた村を囲む森に負けず劣らずの巨大な森林があった。


 思ってたより近い場所にあって、帰るのが楽そうだ。


「こんな近い場所にも魔物って出るんだね」


 隣から聞こえた言葉で、エルサが全く別の感想を抱いていることに気づいた。


「確かに、こんな近いのに魔物がいるんだね……って、そういえば今更なんだけど、エルサ、村にいた時となんか違くない?なんというか……大人びてる?」

「エルサだってもう同じ15歳だよ?変わりもするよ」

「いやほら、一週間前とか、なんなら村を出る時とかと全然違う……」

「そういう事もあるよ」

「納得出来ないなぁ……」


 森が徐々に近づいてきている。いよいよ初めての依頼が始まろうとしていると考えると、自然と緊張してきた。


「依頼では近辺の魔物を倒して欲しいって話だったけど、具体的にどうすればいいの?森に入って倒し続ければいいのかな?」


 私はそう聞くと、暫く考える素振りを見せた後、エルサはこう答えた。


「えーと、森の中には入るけど、深いところまでは行かなくていいみたい。外から近いところとか、森からでて行こうとする魔物を倒すんだって」

「誰から聞いたの?それ」

「雑草の紳士」

「誰ぇ……」


 さっきから私の知らないエルサばかりで不安になってくる。

 私たち、友達だよね?雑草の紳士って誰なの?そんな人いた?


 聞いてみたい気持ちはあるが、聞いてもはぐらかされてしまいそうなのでここは一つ、我慢しよう。うん。



 ■■■■




 ようやく、と言っていいのか、森のすぐ目の前までやってきた。この中にどれだけの魔物がいるのかはわからないが、この中に魔物がいるということを知っているだけに、不思議と妙な汗が出てくる。緊張がより一層深まっているらしい。


「じゃあ、行こっか」

「……うん」


 緊張しているようには見えない自然体なエルサとは対照的に、強ばった声音で返す自分。実力の違いがそうさせているのか、はたまた別の理由なのか……今の頭では考えられそうにない。


 遂に森へと足を踏み入れた。瞬間急に世界が変わる。森の中が怪物の腹の中。今にも茂みから殺意の衝撃が飛んでくるように思える。


「常に戦う準備をしておこうね。前も後ろも、右も左も下も上にも敵がいてもおかしい事はないんだから。臆病に進もう」

「う、うん。すごく心強いよ、エルサ……」

「ふふ、任せてよ、シーナちゃんはエルサが守るから」


 森の中は陽の光が差しにくく、自然と闇が深くなる。それは進めば進むほど濃くなるように思え、強張る神経を虐め抜いてくる。進む足取りは意識の外で鉛を引きずるように、重く、重くなっていく。

 随分進んだか、はたまた未だ森の外から目鼻先か。私に狂いがなければ、歩いて進んだにしてはそれなりにはなったはずだ。


 それにしても、なんだか私のことをエルサが守ることになっているらしい。情けないやらエルサカッコイイやら……いや最後のは変じゃない?恋する乙女か私は。でも「守るから」なんて言葉サラッと言えるの、カッコイイなぁ……。


 森に入ってからこのかた、特に変化もなく歩き続けているだけという状況の中、若干の集中力を散らせて水筒の水を飲んでいると……。


「……!シーナちゃん!」

「ふぇっ!?」


 名前を呼んだかと思えば、いきなり襟を掴んで茂みに連れ込まれた。ちょっとここでするんですか。


「シーナちゃん、あれ見て」

「え、なになに?」


 小声で指さした方を見てみると、一匹の狼がいた。しかもただの狼ではない。閉じた口元から火が漏れており、その体毛は赤く濡れている。


「あれって……」

「戦ったあとなのかな……?辺りの地面がボロボロだし、足元に別の生き物が倒れてる」


 見ると、手足のあるお腹がでっぷりと膨れた人型の生き物が倒れていた。こちらはピクリとも動かず狼の前でその身を投げ出している。恐らく状況を鑑みるに、狼とこの人型の生き物……魔物?の二体が争い、この人型の魔物が敗れたか。ひとまずこの人型のことはゴブリンとでも呼んでおくとする。


「このあとどうするんだろう」


 この疑問は二つの意味を込めて言ったが、一つは直ぐに答えが出た。

 狼は威嚇するように構え、首元が僅かに肥大化する。ビキビキと音を立てながら一層口元の火を漏らした次の瞬間。


 ゴブリンの上半身が消えた(・・・)


 まさしく一瞬の出来事だった。ゴブリンの上半身は消えた。瞬き一つしていなかった私の視界の中で、どうして消えたのかを伝えないままに消え去った。


 しかしどうして消えたのかというのは、一つ考えられることがある。それはその上半身のあった下の地面が少し抉れていること、消える前にしていた狼の動き。この場に私とエルサとあの狼以外にいないとする前提ならば……。


「狼がーー」

()べた」


 そう断言したエルサの顔を、私は咄嗟に見た。


「もしかして……見えてた?」

「うん。ほんのちょっとだけ、一瞬だけだけどね」


 狼が喰べたところを、私は見えなかった。その場の状況証拠から導いただけで、それも確実だとは考えていなかったのだ。


 しかしそんなことを考えている間にも、時間は展開とともに動き続けている。


「「!!」」


 直後に、背後の方で気配がした。沸き上がるような、唸りを上げた野性が、首元を狙う兆しが、私たち二人の脳裏で稲妻のように駆け巡ったのだ。


 二人とも一斉に後ろに振り向く。姿は見えない。少なくとも肉眼で見える場所に姿は現れていないが……。


「隠れてる。それも一匹や二匹じゃない、沢山」

「解ってる。見えた(・・・)


 私の感が告げた情報を、エルサが正確な情報にして伝えるべく、目元に眼鏡のように浮かぶ魔法陣越しに見て伝えてくれる。


「今私たちのいる場所から二十mの場所に一匹。さらにそこから二、三mの下がった場所に三匹、隠れてる。それから……」


 そう言って一度言葉を切った。エルサの視線はそのまま先程の、ゴブリンの上半身を食らった狼へと向かう。


「正面、さっきのが一匹と、さらにその周りに三匹」

「計八匹の魔物に、私たちは囲まれている……」

「分からないよ。まだ私が見えていないだけで、もっと隠れてるかも」


 いつの間に?どうしてこれだけの魔物に囲まれている?それよりも今からどうするべき?逃げる?戦う?この数と、こちらの存在にもう既に気づかれていることを考えれば、逃げたところで戦闘は恐らく避けられない。では勝算は?戦闘経験なんて一つもない、素人が二人居たところでどう戦えばいい?けど他にどうしようもない。正面切った戦いを挑むのは論外として、そうなるとやっぱり、極力戦闘を避けて、逃げながら戦う以外に選択肢は無い。幸い、ここから森に入ってきたところまで走れば大した距離はないはず。今の私たちの脚力なら、ものの数十秒で辿り着くだろう。


「とにかく、ここから逃げよう!敵は前方と背後にいる。だったら右か左……多分動いた瞬間あいつらは襲ってくる。二人で追っ手をどうにか撒くか撃退しながら、森の外を目指そう。森の外に魔物を出しちゃうかもしれないけど、そんなことより命を優先しよう。なんなら最悪、二手に別れて森の外で合流してもーーー」

「二手に別れるのはだめ!」

「……っ!」


 予想だにしていなかったエルサからの強い否定に、思わず言葉が詰まる。


「一緒じゃないとだめ。二人で戦っても生き残れるかわからないのに、一人になったら確実に死んじゃうよ。それにまだ私達はこの森に詳しくない。村にいた時に歩き慣れているとはいえ、ここはまた別の森。外に出られず迷っちゃうかもしれない。そうなったらいよいよ本当に終わりになっちゃう。だからここは一緒に行動して」

「う、うん……。わかった」

「ごめんね、でも、これはシーナちゃんの為でもあるから」


 ーーー私は、どう見えているんだろう。


 この日のエルサの態度、私の知らぬところで、目の前の友人はどんな感情を抱いているのだろう。


「それじゃあ、行くよ!」


 そう言ってエルサは駆け出した。私も慌ててエルサの後を追う。


 するとすぐさま、私の背後から複数の逸り調子の吐息が迫ってくる。

 背後を一瞬振り返れば、ちらりと視認できただけでも、四匹の狼がピタリと着いてきている。さらに駆ける私たち二人のやや斜め後ろの左右から、草木の揺れと音が段々と上がってきている。


「エルサ、横の奴らが前に上がってきてる!」

「ーーー!!」


 私が言うな否や、エルサは腕を横に振る。弧を描いた腕先からではなく、変化は足元に起きる。私たちがたった今走った場所の横から、巨大な木の根が飛び出したのだ。それは今にも追い抜こうとしていた狼のいる場所へと襲いかかる。


 すると見事、左右の狼たちを一旦散らせることに成功した。しかし、狼の追跡はまだ終わっていない。

 後ろに追随する狼の一匹が、突然速度を上げた。保たれていた距離を一気に詰めた狼は、目の前を走る私の首筋めがけ、立ち並ぶ刃歯(やいば)を剥き出し襲いかかる。


「させないよ!」


 それに対し真っ先に動いたのは私ではなく、エルサだった。

 エルサは振り向きざまに狼に対して手を向けた。すると今にも私の首元を食いちぎらんと飛びかかっていた狼の身体が、地面から生えた無数の木の根によって動きを止めることとなったのだ。


 無数の木の根は正面を塞ぐ壁となる。後続の狼たちの行く手を遮ぎるそれに、一匹が突っ込み、あとの二匹が回り込んで私たちの後を変わらず追ってくる。


 そこから、狼と私たちの距離は変わることなく、着々と脱出へと向かっていた。恐らく、エルサの存在が、迂闊に近寄ることを許さないのだろう。


 あと、少し……!


 正面から光が見えてくる。闇の中で潰れた(まなこ)が、見通せぬ強い光に。たちまち希望となって現れたのだ。


 今すぐにでもその光へと詰め寄ってやりたい。この身を安堵させたい。はち切れそうなほどの緊張の糸が、次第にほぐれようとしていた。


 未だ狼は追ってきている。しかしここから森の外まであと……僅か。


 逃げ切れる。エルサには本当に感謝の気持ちしかない。そう思えてくると、押しつぶされていた心に余裕が生まれてくる。


 最早ここまで。狼たちは私たちを取り逃し、私たちは狼たちを振り切るだろう。


 できる限りの弱点を排した脳は、そう予感した。


 だがーーー


 その時顔の横を、高熱の何かが通り過ぎる。


 赤々とした、球体の、熱量を持った砲弾。通り過ぎる球体は、そのまま目の前を走るエルサの背中へ目掛けて直進する。


 しかしエルサはそれに対し、驚きながらも即席の盾を作ってみせた。幾重にも重なる植物の葉による盾は、ただ一度きり防ぎ、役目を終えて焼失した。


 ここまでは、良かったのだ。


 背後からの攻撃を防ぐため、エルサは振り向き防いだ。その際、エルサは体制を崩され、足を一瞬止めねばならなかったのだ。


 それも一瞬のことだ。時間にすれば本当に僅かなもの。私もそれに対して、そこまでの危機感を持つことは無かった。


 しかしこの時、エルサは背後(・・)に立ち塞がる気配に気づいていた。獣の気配。盾で防いだ瞬間を見計らうかのように、その気配は現れた。


 私もそれに気づく。顔の横を通り過ぎたものに気を取られたその間隙をぬって、視界に映り込む。

 光に安堵した目は、その姿を映すことを拒むかのように、輪郭のみを残して捉えた。


 私たちは、狼を振り切るところだった……ただ私だけがそう思っていたのか、そうでないのか。


 逆立つ毛並みと、四匹の四足歩行の獣の気配。漏れでる熱気……そのことに気づくと同時に、先程までの余裕が、全くの場違いであったことに気づいた。


 それが今となって、あらゆる死を呼ぶ油断(・・)となったのだ。


 狩りが、始まろうとしている。



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