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2 天国

 そこはさっきまでの通路と変わらず真っ白な空間。

 しかし今までと違うのはやはり、その広さと、今まで無人だったのが嘘のような人の数だろう。そこは空港のターミナルのような横長の空間だった。

 目につく人々は誰一人として例外はなく、病人のような服を着ていた。それは勿論自分自身も、同じように同じ服に身を包んでいる。


「ようこそ、『受付』へ!」


 突然背後から声をかけられた。

 すぐさま後ろを振り向けば、そこには弾けるような笑顔と茶色のボブカットを揺らす、人間と思われる女性が立っていた。


「あ、すみません!驚かせてしまいましたか……?」

「い、いえ、大丈夫です」


 綺麗な人だ。本当に綺麗で、人が美しい女性というものを思い浮かべたら、きっとこんな顔をしているのだろうと思える程度には。


「えーと……それでは細かい説明は後にして、ひとまず適当なところに並んでください!並んでればわかりますのでので」


 それを知ってか知らずか、人間と思われる彼女は一番近くの列を「ここに並んでください!」と笑顔で促してくる。


「あの、これって何に並んでるんですか?」

「並べばわかりますよ」

「並べばわかるって、あの……」

「まあまあ、いいですから、気になったって、わかったって、どっちでもいいんですから」

「……」

「はい、それでいいんです」


 ご満悦な表情の彼女の前で、自分は渋々と列に並んだ。

 しかし並んでいれば分かるということだったが、これだけの人数、この列の先にあるものの正体が一体いつになればわかるのか見当もつかない。

 そう思い、やっぱり彼女に聞こうとしたのだが。


「……消えた」


 物の見事に消えていた。いや、それは少し違うかな?その場から姿を消した、が正しいかもしれない。どっちでもいい。


 ともかく、さっきまでいたはずの彼女がどこかに行ってしまった。いない人に聞けることなどはないため、仕方がなく別のことに思考を移した。


 それは今のこの状況のこと。死んだはずの自分と、今立っているこの真っ白な世界のこと。

 まず、自分は死んでいる。それは間違いないのだが、死後の世界とはこんなものなのだろうか。

 もっとこう、自由に雲の上を歩き回ったり、光になったり、地獄行きか天国行きか決められたり……もしかして今からするのってそれ?いやいやいや……だとしたらそんなもったいぶる必要ないたろうに。


 そうだ、自分は本当に自分なのか?死んだら意識なんてなくなって、こうして思考することも話すこともできないはずだ。死んだ自分は現実の世界で横たわっているはず。ならば、自分は自分と思い込んでいるだけじゃないのか?誰から見ても自分に見える、全くの別人じゃないのか?

 沼男(スワンプマン)というものがあったはずだ。ネットでチラッとみただけだけど、今自分は、その問題に直面しているのかもしれない。


「おい、早く前行けよ」

「ぇあ、す、すみません……」


 そんな事を考えていたら、前に進んでいたのにも気づかず立ちつくしていた。

 次は怒られないように、前にも注意しながら色んなことを考えていると、段々と先頭の様子が見えてくる。


 しかし近づくほど、人々の喧騒に紛れて聞こえてくるある言葉に首を傾げる。


 なんだか聞きなれない言葉だ。けれど、先程から何度も聞こえてくる。言葉通りのものだというならば、それは一体……どんな所なのだろう(・・・・・・・・・)


 そんな疑問に答えてくれる人は周りにはいなかったが、きっと進めばわかるだろうと、その時を待った。


 そして遂に、


「改めてようこそ、『受付』へ。そしてようこそ、『異世界』へ!」


 そう言って、いつの間にかそこに居た先程の人間と思われる彼女が、大仰なまでに両手を広げて告げる。


 少年玄伏咲十は、異世界転生者に選ばれました。



 ■■■■



 それでは、と前置きをして。


「早速ですが、ちょーっと手を出してくださいね。ほらほら、後ろもつかえてるので早く、早く」


 そう促され、おずおずと右手を差し出した。


「右手じゃなくて左手を出してください」

「あっ、はい」


 そして左手を差し出すと、その左手を優しく柔らかく、彼女の両手が包み込んだ。


「ひぃっ……」

「あー動かないでくださいねー」


 突然のスキンシップにどぎまぎしている今、まるでツボを押すように、掌をくいっ、くいっと押される。


 変な声が出そうになるのを抑えながら待っていると、ようやく嬉しくも心労が溜まる時間が終わる。

 若干名残惜しい気はするものの、次に発した彼女の言葉にすぐさま気を取られる。


「計測終了しました!ええと、玄伏咲十さん。貴方は『1』です!」

「いち?」

「『1』というのは、ランクのことです。これから咲十さんには異世界に転生してもらいます。その時咲十さんの体は別の体になるのですが、その体のもつ初期段階での強さが、こちらで決めているランクの『1』に当たるということです。」

「ちなみにそれは何段階評価で?」

「五段階です!一番下が『1』で、上が『5』ですね」


 そっか……五段階の一番下か……。


「でも、大概の人は最初『1』なんですよ。全体の……そうですね、六割近くでしょうかね。あとの人達も皆『2』です。それにあっちに行ってから強くなって『5』まで辿り着く人もそれなりにいますし、そんな気にすることないじゃですよ」


 そっか、じゃあ……うん。ならいいかな?他の人もそうなら、問題ないや。うん、うん。


「わかりやすい人ですね……」

「……?」


 もしや顔に何か出ていたか。もしかすれば笑ってたかもしれない。なんせ自覚がないのだから、これだと断言することが出来ないのだ。


 呆れた顔を浮かべた彼女は、「んんっ」という咳払いのあと、こう言った。


「これから咲十さんは異世界に転生します。そして恐らく気になっているであろう向こうの世界の事なのですが……実は私も、そして他の誰も知りません。どんな世界で、どんな危険があって、どんな敵がいるのか。それは向こうに行ってからのお楽しみというやつです」


 そっか、わからないのか。そもそも異世界っていうのがなんなのか、そういうことも聞きたいと思っていたけど、でも、ここで教えてもらわなくたって、行ってから自分で調べればそれでいいか。


「それと代わりという訳では全くないですが、私から咲十さんにプレゼントがあります!」


 パチパチーと自前でSEを鳴らしながら、こちらの微妙な視線を気にもせず続ける。


「まず一つ目に、スキル『自動翻訳』です。これは意識せずに常に発動するので使い方は気にせずとも大丈夫ですよ。あれです、パッシブスキルです」


 へーそれは便利。けどスキルで翻訳してくれるっていうのは、転生って言葉のイメージとはなんだかズレてるような?ただそれが何なのかはわからない。結局具体的に言い当てることもできなくて、その感じたズレが勘違いだったように思えてきた。


 その後「読み書きもできますよ」という補足が入り、次にと続ける。


「次に二つ目。それはこれです!」


 そう言ってジャジャーン!と言う声が聞こえてきそうな顔で出したのは、


「おみくじ?ノンノン!スキルガチャです!」


 なんでこう一々ウザいんだこの人。

 出てきたのは正月の神社でよく見かける箱の上に丸い穴が空いたものだ。中身は真っ暗で何も見えない。おみくじと何が違うんだろう。


「この中から出たスキルや特性をあっちで一つだけ手に入れることが出来ます!中身はわかりませんが悪いものは多分入ってないです!まさに至れり尽くせりですね!あ、ちなみに中身は向こうに行ってから見てくださいね。じゃないと効果がありませんので」

「凄い不安だけどわかった」


 そう言って手を穴に入れる。どんなものが手に入るかはわからないが、もしかしなくてもこの結果によって異世界生活に大きな違いが出るだろう。そう思うと自然と手が汗ばんでくる。


「手汗沢山かく人苦手なんですよね」

「な、なんだよ、文句あんのかよ!そんな出てないだろ!」

「別に咲十さんとは言ってないですし。てか早くしてください」


 どんどん生意気になって……いや、それはブーメランだからやめておこう。今は目の前のことに集中だ。……そんな出てるかな。


 手汗を気にしながらも何となくこれだ!という物を掴み手を引き抜いた。


「はい。そのまま中身は見ずに持っててくださいね。それではこれから咲十さんを『門』に送ります。そうしたらそのまま門をくぐって、光に包まれ、そうしたらもうそこは夢にまで見た異世界!私は、私達は咲十さんの第二の人生を心から祝福しましょう!なんの意味もありませんが!」


 突然何を言い出すかと思えば。遂にと言うか、やっとと言うか。なんにせよ異世界へと転生する。門というのはここに来る時にくぐったようなやつだろうか。


「頼りになるのは自身の力。知恵。経験。そしてあなたを支え寄り添う仲間達!もちろんそうはならないかも知れませんがね!という訳で、不肖わたくし。受付のお姉さんが玄伏咲十さんを『門』にお届け!それではよい異世界生活を!」


 そう言って手を振る自称受付のお姉さんの姿が光に包まれ……いや、自分の体が光に包まれ、ただでさえ真っ白だった空間があたりの全てを巻き込み白く染まっていく。


 それは一瞬の出来事で、気づけば先程までの人混みも、受付のお姉さんもそこにはおらず。


 そこにあるのは懐かしさの欠片も感じない大きな門。


 緊張することはなく、胸を締め付けるそれはかつてない未知へ向かう高揚からだった。


 光が弾ける。


 思わずそう思ってしまいそうなほどの光が何もかもを飲み込み、そのあまりの明るさとは対象的に意識が暗転する。


 その暗転する間際、こんな声が聞こえたような気がした。


「あ、そういえば性別変わってるかもしれないって言うの忘れてた」


 ーーーこうして玄伏咲十(くろふせさきと)は。


 誰の期待も背負わず、女神から世界をどうにかしろとも、救えとも言われず、なんの目的もないままに。


 正真正銘、ただの異世界転生が始まったのだった。




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