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18 決戦、未来へ奔った夜

 ウィルの話は大蜘蛛男を討伐する理由の説明から始まった。


 まず一つ、大蜘蛛男を倒さない限り私たちはこの町から出られないということ。

 そしてもう一つ、近年世界中で今まで確認されていなかった魔物が次々に見つかっていること。


 この二つが理由だと言う。


「順番に確認するね。まず大蜘蛛男を倒さないと出られないのって、出ようとすると、あの墓地に連れ戻されるから?」


 私の質問に対して、ウィルは頷くことで肯定を示した。


「これは大蜘蛛男の蜘蛛としての特性が原因てす。自身のテリトリー内に入った者を逃がさない性質を持っているのでしょう」


 その魔法の詳しい原理というものは分からないが、唯一性の高い魔法は他人からの一切の理解を拒むものらしく、現状ではそれに対抗する魔法を生み出すことは出来ないらしい。


 なので逃げられないならば戦うしかない。しかし、そうすると根本的な問題が出てくる。


「それじゃあ、大蜘蛛男はどうやって倒すつもり?あんま強気で言えたことじゃないけど、私たち、正直手も足も出なかったからね。エルサの魔法くらいじゃないかな、唯一効いてたのって」


「ええ、そこはしっかりと考えがあります」


 そう言ってウィルは少し席を外し、ある物を持ってくる。


 それは薄暗い室内の中で一際輝く剣だった。向こうが透けて見える鮮やかな青い刀身に、見事な金細工や宝石等が施され、きらびやかで豪華な、実戦用というよりは儀礼用等として扱われるような見た目をしていた。


「それ……まさか『聖剣』か?」


 それを見たルークが、思わずと言った形で口から零れ出た言葉に驚く。


「よくご存知で。ですが、残念ながらこれは聖剣ではありません。世にごまんと溢れるレプリカの内の一振りで、精々が名も無い『宝剣』程度でしょうね」


 その二人の会話に理解が追いつかない私だったが、どうやらそれはレプリカと呼ばれるものらしい。

 そんな中で、一先ず気になったことについて質問してみる。


「これは名前のないレプリカって言ったけど、本物の聖剣には名前とかあるの?」


「ええ、あります。本物(オリジナル)の名は、かの有名な『リリューレ・トーチ』。またの名を、実在無き灯銘剣(・・・・・・・)


 リリューレ・トーチ……そういえば確か、図書館で読んだ本の中にその言葉が出てきた気がする。


「それは未だこの世に実在せず、揺らめく揺籃の灯火の中で目覚めを待つ、絶対的切断権を持った聖剣……だっけ?」


 確かそんな事が書かれていたはずだ。書かれている内容がよく分からなくて、逆によく覚えている。


「この世界には三振りの聖剣が存在することになってる(・・・・)らしくて、このリリューレ・トーチがそのうちの一振り。それで、見つかってるのはまだ三振りの内の一振りだけで、その一振りは南西にある砂漠の国の宝物庫に封印されてるとか」


「宝物庫だったか?俺は火山に封印されてるって聞いたぜ」


「正しくは、宝物庫に保管されていた聖剣を火山に投げ入れ封印した、ですね。それには色々と理由がありますが、今回はこの辺で」


 そこで話を切ったウィルは、「それでは話を戻しますね」と前置きして話し出す。


 内容は大蜘蛛男を倒す作戦だった。但し内容は至ってシンプルで、私たちが大蜘蛛男の隙を作ってウィルが聖剣のレプリカでとどめを放つというもの。


 どうやって隙を作るのかとか、大蜘蛛男の弱点とかあるなら教えて欲しかったけど、どうやらそういうのはないみたいなので自分たちで考えるしかない。


「チャンスは一度きりです。何故なら、このレプリカで斬れるのは一回まで(・・・・)という制約があるからです。それだけに大蜘蛛男を葬り去る威力はありますが、なんにせよ、その一度きりの、失敗が許されない大役は私に任せてくだされば」


 何故ウィルがその役割なのかというのは、なんでも、あの一番最初に墓地に辿り着いて少し進んだ場所にあったあの巨大な血溜まりは、ウィルが一人で大蜘蛛男を撃退した跡らしい。

 その話が本当ならばこの中で一番の実力者であり、その一度きりのチャンスをものにする可能性というものは一番高いのかもしれない。


「倒したと言っても実際はまだ奴は生きてますし、あの時はある意味不意打ちみたいなものでしたから、運も良かったのでしょう。ですが今回はそうも行かないでしょうから、皆さんの協力が不可欠です」


 と、ここで一つ目の理由の説明が終わる。次にもう一つの理由の説明が始まるが、初め聞いた時からその内容が気になってしょうがなかった。


「じゃあ次の理由だけど……未確認の魔物が見つかってるって、どういうこと?」


「その魔物は既存の魔物の脳内に寄生して、素の性態や能力を大きく変えてしまうのです。そして今回の大蜘蛛男の正体は、おそらく、グリゴリ周辺に住む巨人族の戦士に、蜘蛛型の魔物が寄生しているものだと考えられます。巨人族は元々穏やかな性格で集団で生活し、腕は二本で目も二つ。硬い筋肉の鎧を身に覆い、高い戦闘センスを持っているのが特徴です」


 本来の巨人族の姿を思い浮かべ、大蜘蛛男の姿とは全く別物なのだとわかった。ただ一つ、その高い戦闘センスだけを残して今の姿になったのだと考えると、色々と思うことがある。


「巨人族の特徴として今知って欲しいのが、その強靭な骨格です。実際に斬ってみたルークさんならわかると思いますが、生半可な刃では、傷をつけるどころか逆に折られてしまう程です」


「ああ、筋肉までなら大したことねえんだが、そこから先となると途端に刃が通らなくなる。それに加えて弱点となる脳を守る頭蓋骨なら、ただでさえ硬えもんが更に硬くなってるかもな」


「そこで出てくるのがそのレプリカなんだね。エルサの風の魔法も本当はあれ、人の腕くらいなら簡単にちぎれ飛ぶくらいのつもりだったのに、全然通らなかったし」


「そういう訳です。納得していただけましたか?」


「納得したよ。一人で倒した実力があるなら、その一度きりのチャンスで成功させられる可能性は一番高いだろうし、頭蓋骨を通して攻撃できる方法も、多分それが一番だろうな」


 それを聞いて私も納得した。今回の大蜘蛛男討伐において気になることは、今のところ私たちから他に出てくることは無かった。


 しかし、それ以外でなら気になることがある。


「じゃあ私から、そもそも今回の作戦にはあまり関係ないかもしれないんだけど、いいかな」


「ええ、どうぞ」


「なんで私たちを選んだの?初めから私たちの名前を知ってたり、さっきの口ぶりからしても、思いつきで私たちの協力を得ようとしたわけじゃないんでしょ?」


 そもそもの話だ。別に私たち以外でも良かっただろうし、なんならアイドラには、元々冒険者が三人いたはずだ。何故彼らではなく、私たちを選んだのか、そこが気になった。


「そんな難しい理由はなく、あなた達を選んだのは、この教会を見つけたのが理由です。この教会について何となく想像がついてると思いますが、ここはあなた達が真っ先に見つけた、あのボロボロの教会の中です」


「それがなんで選ぶ理由になるのさ」


「この教会は、実は普通は見つけられないようになっています。普通の人が通りかかっても絶対に見逃してしまう(・・・・・・・)のです。それを見つけられた。だから、あなた達には何か特別なものがあるんじゃないのか、そう思ったのです」


 特別なもの?確かに、私自身転生者というのは特別だとは思うが、それはきっと、私だけではなくこの二人もそうなのだろう。


「わかってるって、今は言わなくていいよ」


 一応、二人の体がぎこちなくなっていたので声をかけておいた。そんな過剰に反応しなくてもいいのに。


「そこで私はまず、あなた達を霊園まで連れていくことにしました。そうすれば、あなた達はアイドラの町から出るために、大蜘蛛男を倒さねばならなくなります。そして更に確実に協力してもらうため、あなた達が危険な状態になった時に、助けるようにしたんです」


「そしてその私たちを霊園まで連れて行って、危険になった時助ける役目になったのが……」


「はい、その通りです。……リーシャ」


 ウィルがそう呼ぶと、リーシャと呼ばれた少女が近寄ってくる。


「この子にはある特殊な力があります。それは流浪の霊たちを、意のままに操ることです。この子は賢く、またこの力を扱えるのは世界中どこを探しても、この子だけでした」


 その説明を受けている途中、彼女が何か言いたげにしている事に気づく。

 どうしたの?と首を傾げてみせると、遠慮がちに近づいてきて、ぺこりと頭を下げた。


「ごめん、なさい。あたし、助けられるのに、助けなかった。もっと早く助けてあげれば、お兄さんも、お姉さんも、酷い目にあわないでよかったのに……」


「うんうん、気にしないで。だって、それって全部この腹黒いやつに言われてやったことでしょ?悪いのはリーシャちゃんじゃなくて、こいつよこいつ」


「ははは、酷いこと言いますね。ですが、確かにそうです。私が言えたことじゃ無いかもしれないですが、あなたがそうやって気にする事はありません。むしろ、あなたの性格からして酷なことをさせてしまいましたね。助けたいという思いをあえて我慢するのは、きっと辛いことだったはずです、申し訳ありません」


 そう言って頭を下げた。こういう所は律儀なんだね。


「さて、話は戻りますがもう一つ。あの冒険者たちに限らず、この町の人々はみな諦めています。彼らは最早、大蜘蛛男を倒せるとは思っておらず、この町と共に腐っていくことを選んだ人々です」


「それでも、どうにかして協力してもらうことは出来ないの?あの人たちだって、自分の町を救えるってなったら考えが変わるんじゃないかな」


「そう思い交渉してみましたが、ダメでした。根っから諦めていて、部外者からその話をされても一切聞く耳を持たない様子です」


 無理か……今更私は協力することをやめるつもりはないけれど、もし力を貸してくれるなら心強いなって思ったんだけどな。

 しかし、それはそんな都合のいい話はなかったということ。元々無かったこれ以上の協力が、改めてないと分かっただけだ。


 これで今度こそ質問はなくなり、大蜘蛛男討伐でやることもわかった。


「それでは行きましょうか。ここに入ってきた道は使わず、正面から出ましょう。……そういえば、みなさんは知らないんでしたね」


「知らないって、なにが?」


「ははは、それは出てからのお楽しみです」


 なんで勿体ぶるのかな。それ別に面白くないからね。ウザイだけだからね。

 まあ幽霊は人と話す機会ないだろうから、コミュニケーションはちょっと苦手なのかな……いやいや。

 

 ふつふつと煽り散らしてやりたい気持ちが湧いてくるが、ここはぐっと我慢して、そのお楽しみとかいうのを見ることにしよう。


 教会の正面出口から外に出る。外は未だ暗く、夜の静けさを残したままだった。それを確認してから、辺りに目を向ける。


 まず、視界に映るものに変わったものは無い……いや、なんか違うような?それに……


「なんか……あったかい?」


 奇妙な事だった。今は日本でいう秋に相当する季節だったはずで、早朝町を出た時はあまりの寒さに体の震えが止まらなかった。


「気づきましたか。暖かな空気に、妙に青々とした道端の雑草たち。枯れ葉は姿を消し、木々は花が芽吹く準備を始めている」


「そ、そうだよ、こんなのおかしい。私たちが見たのは周りが見えにくい暗い時間だったかもしれないけど、それでも、こんなんじゃなかったのくらいはわかる!これじゃあまるでーーー」


「そう、まるで、時間が急激に進んだみたい」


 ウィルの言う通り、まさしくそうとしか言えない状況だった。けれど全く、何故そうなったのかの原因はわからないでもない。


「これもあの霊園のせいなの?」


「そうです。どうやら町の外(・・・)で霊園に入った場合、霊園内の時間の流れが現実と変わってしまうらしく、私たちも同じ目に遭って、脱出したら一年が経っていました。理由はある程度予想がついてますが……長くなりそうなので、また次の機会にでも」

「そんな長いの?じゃあまあ、気が向いたら次の機会に覚えてたらで」


「それ絶対聞く気ないですよね」


 なんか言ってるような気がするが、気にせず目的の霊園へ向けて歩き始める。

 今回は町の外からではなく、最初と同じように町の中から霊園の中に入る予定だ。


「やっぱ静かだね。単純に夜だから、って理由にしても、それよりもずっと寂しい感じ。人がみんないなくなっちゃったみたい」


 エルサが歩きながら言った。夜遅くということもあり誰もが寝静まった時間ではあるものの、霊園に近づくにつれて建物の隅には蜘蛛の巣が軒を連ね、草木が侵食し荒廃が進んでいる様子から、少なくとも人がいないのは、この時間帯のせいではないことがわかる。


 人の手を離れた人工物が時間の流れに弱っていくのが、こんなにも物寂しいものだとは思わなかった。


「もしかしたら、あの冒険者たちもこの町を守ろうとしたのかもしれねえな。他に仲間もいたのかもしれないし、それで戦って、残ったのが三人で、どうしようもできなくて、それで諦めたのかもしれねえ。だから自分の町が緩やかに死んでいくのを、最期まで見届けることに決めたのかもしれねえ。……やるせねえだろうな」


 今思い返せば、この町で出会った人はみな独特の雰囲気があった気がする。それは決して前向きなものじゃなかった。


 あの酒場での会話。キレナガが引き止めるように質問を繰り返したのは、内容もそうだが、私たちがこの後どうなるかわかっていて、それで少しでも助けたいと思ったんじゃないのか。けれど、それをオメイがやめさせた。


 どれもこれも憶測で、全て私たちが勝手に想像しただけのことではあるけども。


 無関係の私たちが、この町を助ける理由(・・・・・・・・・)としては十分だった。


「それじゃあ、私たちが頑張らないとね!既に頑張った人がいるなら、その頑張った人が休めるように、次の人が頑張らなきゃ」


 歩みは進み霊園の目前へと迫る。一度目は誘われて、二度目はいつの間にか、そして三度目は自らの意思で。


 戦いの決意を胸に、私たちは決戦の地を踏んだ。




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