表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

16 夢遊病患者

 死にまつろわぬ者達の影踏み。

 大きく揺れる黄色い光。膨張と縮小を繰り返す紫の光。明滅する赤い光。右往左往と行き来する緑の光ーーー。


 その中で、町の外へ目を向けた一人の青年。瞳に決意を宿し、強く鮮やかな青色が、星の光に煌めいている。


 一直線に迷いなく。その足取りはどこへ向かうのか。


 その夜。アイドラの町では、光の行軍が目撃されていた。



 ■■■■



 突然の出来事に思わず逃げ出した私たちは今、戦いの覚悟を決めようとしていた。


「エルサ!ルーク!準備はいい!?」

「うん!いつでもいけるよ!」

「ああくそ、戦いたくねえ、戦いたくねえが、こっちも大丈夫だ!いつでもやれる!」

「よし!!」


 私たちは逃げることをやめ、背後へと振り返る。

 怪物は私たちのすぐ後ろを追ってきていた。逃げることをやめた私たちを追ってくるその巨大な姿に、思わずたじろいでしまう。しかし、それも直ぐに思い直す。


 怖がってばかりいられない、逃げる選択肢はほぼなくなったんだ。


 走り続けてわかった。墓石は理路整然と並び、常に同じ風景の中にいる。いつまでも終わりが見えないのはただ単純に広いだけなのか、本当に終わりはないのか、はたまた同じ場所をループしているのか。なんにせよ、どこを見ても同じ景色じゃあその答えはわからない。これが魔法だとするならば、魔法を打ち破るには同じだけの魔法をぶつけるか、その使用者を倒す以外に方法はない。

 迫り来る灰色の巨体が紅い月に照らされている。

 大蜘蛛男との衝突を左右に避けることで回避した。


 さあ、ここからだ!


 回避行動の後、真っ先に仕掛けたのはルークだった。その場から一気に懐まで詰める。


 傍目から見ても私には、その姿を残像でしか捉えることが出来なかった。ルークは瞬間的に速度を爆発的に上昇させ、相手を速度で翻弄して戦うことを得意としていた。


 そのルークの狙いは大蜘蛛男のアキレス腱。股下に潜り込み、咄嗟に動いた際の軸足を狙うつもりだ。


 それを見た大蜘蛛男は予備動作なしに空高く跳躍する。それにルークは舌打ちをした。


 しかし、空中で大きく避けることは出来ない。飛び上がった所を、エルサが地上から巨大な槍を生み出し狙い撃つ。


 幾本もの槍が襲いかかる。それを大蜘蛛男は四本の腕と脚で正確に側面を叩いて破壊し、また軌道をずらした。

 その内の一つの槍を体を捻り避け、後ろへ通り過ぎようとしたところで柄を掴み、そのまま体を回転させ投げ返してくる。

 その槍の矛先は私の方へと向かっていた。


 投げ返してくると予想していなかった私は反応が遅れてしまう。避けることを諦め、腰に提げた剣を抜く判断をする。

 その剣は以前使っていたものとは違い、今回が初めての実戦使用だった。

 長い柄と長い刀身が特徴の片手半剣。この世界の特殊な金属で鍛造されたそれは、ルーク曰く『極めて頑丈でとても重い切れ味の悪い剣』らしい。


 私は迫り来る槍に合わせ、力任せに振り抜いた。弾かれた槍は大小の破片となり飛び散る。程度が分からず全力で叩き割ったせいで、剣を握る手に衝撃が残っているが、問題はなさそうだ。

 大蜘蛛男が空から着地する。そこを狙うことも出来たが、誰もそうはしなかった。


「その体でしていい動きじゃねえだろうがよ……」


 そのルークのボヤキに、私とエルサは全くだと頷いた。


「シーナちゃんさっきはごめん、まさか投げ返してくるとは思わなくて……」

「全然大丈夫!私も思ってなかったし、むしろ飛んできたのが私の方で良かったって感じ」

「それはもう気にしなくていいとして、どう攻める。俺の速攻が通じなかったってことは、こっから先は実力と経験の勝負だ。どっちも未知数だが、さっきの感じだとかなり分が悪い」


 そんなの分かってる……と言おうとしたが、果たして本当に分かっているのか。見ただけでその強さが分かるような観察眼はもっていなかっただろうに。


 大蜘蛛男が動いた。四つの掌を上に向け、真ん中に集めるように腕を動かす。すると辺りの墓石が、凄まじい速度で迫ってくる。


 その中心にはエルサがいた。

 私とルークはエルサの傍に駆けつけ、飛来する墓石を弾く。


 エルサはそこで新たに杖を取りだした。エルサの背丈と同じくらいの長さの杖を両手で掴み、前方上へと掲げる。

 顔の横を突風が駆け抜ける。空中で何かが煌めき、大蜘蛛男の皮膚が裂ける。

 きっとこれは風の刃だ。空中の煌めきは恐らく蜘蛛の糸だろう。そしてこれなら、相手に利用されることも無く攻撃できる。


 エルサの攻撃で傷を与えることが何かに使えないかと考えていた時、大蜘蛛男は指で手頃な墓石を、地面を削りながら飛ばしてくる。

 私は咄嗟にエルサを抱えてその射線から逃れた。


「エルサ、今の魔法みたいので、もっと強力なやつってない!?」

「ある……あるけど、かなり時間が必要なの!大きい隙があれば使えるけど……」


 しかしそれを許すような相手じゃない。隙をどうにか作ろうにも、有効な策はパッと思いつきそうにもなかった。

 そんな時に、ルークが一先ずの戦闘態勢の指針を提案してくる。


「シーナ、お前はエルサを守れ。俺が前で、エルサが後ろだ。エルサはどデカいの一つ、俺が隙を作るから……あーなんだ、言葉がまとまんねえが、撃てる時に撃ってくれ」


 私とエルサは頷き武器を構えた。

 ルークが前に出る。大蜘蛛男の気を引きつけようと縦横無尽に動き回り、幾つもの傷を刻んでいった。

 こちらを向こうとすれば、たちまちルークの刃が、太腿裏、ひかがみ、下半身の至る所から、鎖を使った立体機動による高速移動で襲いかかる。


「よし、これなら……エルサ!いけそう!?」

「うん、この調子ならいける!」

「お願い!……ところでどんなやつ?」

「まあ見てて!」


 ニッ!と笑い目を瞑ったエルサの周囲を、煙のようなものが覆い尽くし、その煙が天高く昇っていく。エルサの姿は見えなくなり、魔法が使えない私にその規模が伝わってくる程の、莫大な魔力の奔流が生まれていた。

 隣に立っているだけで心臓が押しつぶされそうなほどの圧迫感。それは同時に、泥中に活路見いだす一筋の光明と、如何なる敵であっても打倒してみせるであろう心強さとなった。


 煙が晴れる。そこには首筋や額に血管を浮き立たせ、全身に脂汗を滲ませた、疲弊しきったエルサの姿があった。


「ーールーク!」


 エルサが切迫した声で叫ぶ。ルークはその意図を汲み取り、その場で十分に引き付けて離脱した。


 立ち込め始めた暗雲に月がその身を隠す。それはまるで、強大な力の前に月が恐れ慄いたかのようにも見えた。


 迸る雷撃が大気(つんざ)く閃光となって、暗転する世界に一線の光を引いた。いよいよだ。

 エルサが、構えた杖を大蜘蛛男に向けて振り落とす。大蜘蛛男はただ呆然と空を見上げていた。

 一体何をしているのか?そんな疑問は、突如鼓膜を打ち砕かんばかりに鳴り響いた雷鳴の前に、霞となって消え去っていく。


 天上より降り注いだ極光が大蜘蛛男の心臓を撃ち貫いた。その余波は幾つもの墓石をなぎ倒し、大地を陥没させ、暴風を巻き起こしながら大気を焼いた。

 思わず眼を覆い隠したかつてない大閃光に、大蜘蛛男の体は飲み込まれていく。


 ーーどうしてだろう……?


 この時、エルサの頭の中には一抹の不安が過ぎっていた。何故ならエルサは心臓を狙ったのではない、脳天より一貫きにしようとしていたのだ。


 ーーもしかして、避けられた……?


 しかし、この事に気づいていたのも、膝をつき項垂れた大蜘蛛男を見て安心していなかったのも、それはこの場においてエルサのみだった。


「すっっごぉおおお!!エルサエルサ!やったじゃん!!てか大丈夫!?疲れてない!!?」

「え、う、うん……ちょっとだけ……」

「いや待て、あいつまだ動いてるぞ」


 ルークが気づく。大蜘蛛男は未だ活動をやめてはいなかった。確かに息があったのだ。


「流石にしぶといな……よし、なら今から俺がトドメを刺してーー」

「いや、待って、ひとつ聞いて欲しいことがあるの。エルサ実は心臓じゃなくて頭を狙ったんだけど、あいつ、それを避けたかもしれない」

「じゃあつまり……」

「うん、もしかしたら脳が弱点なのかも。だから直撃をさけるように避けたんだと思う」

「なら、シーナ、お前が行ってくれ。俺の武器じゃあ、あのでけえ脳天を貫けるかどうか怪しい」

「わかった、気をつけて行ってくる」


 終わったと思い緩めていた、剣を握る手を再度強く握りしめた。頭の位置が下がったことによって、そのままの位置からでもこの切っ先は届きそうだ。


 そういえば、と。先程の疑問を思い出す。どうして大蜘蛛男は、エルサの魔法を黙ってくらう様な真似をしたんだろう。出来る抵抗なんていくらでもあっただろうに……。

 そのことに薄気味の悪さを感じながらも、私は大蜘蛛男へトドメを刺すため、近づこうと足を踏み出した。


 ま、その事についてはきっと二人も気になってるだろうし、後でちょっと聞い て み  よ…………?


「……ぇ?」

「なっ!?」

「……は?」


 何が起きたのか、その時の私は解らなかった。


 突然視界が赤に染まって、声が出なくなって、動けなくなって、内側で音が聞こえて、


 そして、()()()()()()()()()()()()


 バラバラと、崩れていく体。そして意識は沈み始める。


 死んだ。死んだ。死んだ?死んだ?死んだ?目が無い見えない聞こえない触れない恐い怖い强しししんだ殺さレた、なににどうしててテテ手手手手手手て何に?死んだ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛……………………………………………………。


 ーー大丈夫。私は死なない。死なない、死なない……。


 水面(みなも)より顔を出す。


 意識は、戻った。……一体何が?


 一体どれだけ時間が経ったのだろう?何に殺された?疑問はある、しかし、今はそれよりも。


 大蜘蛛男の体が再生しきっている(・・・・・・・・)


「ぐぁああ!」

「ぁ……あ……」


 さらに事態は動き出す。ルークの体から血が吹き出し、エルサは身動きを封じられていた。

 恐らく糸だ。私を切断した糸が、二人の周囲にも張り巡らされている。


 呆けた耳に炸裂音が届く。

 大蜘蛛男が弾丸の如き速度と瞬発力で、二人の目の前へと肉薄した。


「ーーーーーー!」


 声は出ない。届くはずもないことを分かっていながら口を動かした。ただ静寂に聲を吸い込まれていく。


 大蜘蛛男の腕の一振がルークの体を吹き飛ばした。全身から血を吹き出しながら、地面を削り墓石を破壊し、動きを止める。


 次に、四つの手を組み一つの槌を作り上げる。大きく振りかぶり、それをエルサへと叩きつけた。

 何度も、何度も、何度も……。


 大蜘蛛男がこちらへ向く。エルザへ腕を叩きつけるのをやめ、私へと狙いを定める。

 私は中途半端に再生した体を這いつくばらせて、その巨体を睨みつけた。


「どうすればいい……どうすれば良かった……?よくも二人を……ああ、ああ!」


 何よりも悔しくて。ルークは死んだ?エルサは?

 そして今、私は何をされる?


 怖くて恐ろしい。

 大蜘蛛男は私をじっと見つめている。その間に、私の身体は元の姿を取り戻していた。


「ーーへ?」


 目の前で何かが光った。キラキラと、明かりがある筈のない場所に明滅する光が見えたのだ。それは見間違えと言うには、あまりにもハッキリとしていて……。


 大きく視界へ入り込むものがあった。

 大蜘蛛男の周りを無数の発光体が取り巻いている。あまりにも幻想的な光景に、胸がドクドクと煩く鳴る。


「こっち、来て」


 背後から弱々しく、鈴がなるような声がした。振り返れば、そこには可憐な顔立ちの、まだ幼さが残る少女が立っている。ただその姿は、昨夜見たとある幽霊によく似ていて、そして、


 青白く光っていた。



 ■■■■



 私はルークとエルサを背中に背負い、土を掘り進めて出来た地下通路を歩いていた。先程顔を見せてくれていた少女は、今は私に一瞥もくれず先導してくれている。

 何度か声をかけてみたものの、一貫して無視を決め込んでいるため、今は黙ってついていっている。


 背負っている二人はいつの間にか、この地下通路に入った際に運び込まれていた。


「霊園の下にこんな道があったなんて……」


 この地下通路の入口は墓石をずらした場所にあった。あんなのすぐに大蜘蛛男に気づかれてしまいそうだったが、そうでもないのかもしれない。


 歩き続けること暫く。具体的にどれだけの時間を歩いたかと言われれば、数分とも数時間とも言える。時間の感覚が酷く曖昧で、それはいつかどこかで味わったような気がしたが、どうにも思い出せなかった。


 上へと登る梯子があった。それを何とか二人を背負いながら登っていくと、どこかへと通じていることがわかる。


 先に登っていた少女が上から顔を覗かせてくる。「出てきて」と言うので、言われた通り梯子を登り、ひょっこり顔だけを出して周りの様子を窺った。


「ここは……教会?凄いボロボロだけど……」


 そこは教会の、おそらく礼拝堂と呼ばれる場所だった。もしかしたら聖堂かもしれないけど、それはまあどっちでもいっか。

 

「手伝った方が、いい?」


 少女が言う。こうして間近で向かい合っているが、その顔からはあまり感情が感じられない……というか、そんな冷たい感じではないけれど、もしかしたら、感情を表に出すのが苦手なのかもしれない。


「ぜーんぜん、平気平気!私、こう見えても力の強さだけは腕っ節だから!」

「わかった、じゃあ。……うんうん、やっぱり、手伝う」


 そう言って、背中のエルサの腕をつかみ引っ張り上げようとするしてくれるが、中々そうはいかない様子だ。


「あはは、ありがとね。でも、私は本当に大丈夫だからーー」

「僕も手伝うー!」

「え?」


 突然の声に驚き周りを見渡すと、いつの間にか沢山の子供たちが取り囲んでいた。


「うんしょ、うんしょ」「背中持って!」「きゃははは!」「次、男の人!」「重たいよお」「がんばれー!」「ーーー!」……


 随分と賑やかになったが、ざっと二十人程だろうか。しかしどの子も小さく、何人か私より少し年下の子がいるくらいで、大人の姿は一人も見当たらなかった。


 一体どこから現れたのだろう?教会の中には燭台が並んであり、その上で火が燃えているため幾らか明るいが、端の方などは暗くてはっきりと見えない。そういう所に隠れていたのかな。


「みんな、一体どうしたんだい?」


 どこからか男の声がした。その時、丁度背中の二人を引き上げ終わったところだったので、私も梯子を登りきり、上に上がってその声の出処を探した。


「女の人!」「凄い傷だらけなの……」「お客さんだよ!」「おかえりー!」「この前言ってた人かも」


 子供たちが一斉に同じほうを向いた。それに釣られて私も同じほうを向くと、足元が見え、次に体全体が見える。


「ああどうも、初めまして、よくぞご無事でした。素晴らしい運の持ち主ですね」


 そう言って現れたのは、金髪の褐色肌で、鮮やかな青い瞳を持つ青年。優しげな笑みを浮かべ、私たちの来訪を歓迎した。




この章か次の章終わったら一、二話気楽に読める幕間みたいなの書く予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ