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14 指斬りげんまん

 この場の誰かが唾を飲んだ。それは私だったかもしれないし、それとも二人のうちのどちらかだったかもしれない。


「二人にも……見えてる?」

「ああ、見えてる」

「うん、見えてる」


 発光する謎の少女は突然現れた。一切の予兆、前兆なく、唐突な出現だった。顔は見せず、私たちに背中を向け続ける少女の正体は一体何なのか。


「これってもしかしなくても……幽霊?」


 そう私が呟いた直後、少女は走り出す。


「どうする!追いかけるか!?」

「えーと、えーとーー」

「お、追いかけよう!」


 戸惑いながらも私たちは少女の後を追った。

 少女は一度右に曲がり、そのまま真っ直ぐ走っていく。そして右に曲がり、その後すぐに左に曲がり、右に曲がり……


「追いつけない……」

「めちゃくちゃ速いな……ん?おい、なんか見えてきたぞ」


 そうルークが言った直後、一向に距離の縮まらなかった少女との距離が急激に縮まった。少女が足を止めたのだ。

 私たちも合わせて速度を落としつつ、私を先頭に少女へと近づこうとしたところで、私は何かに(つまず)き転びかける。


「?どうしたの?」

「あ、いや、なんか足に引っかかってさ」

「ドジくせえなあ……って、あの幽霊どこいった?」


 片眉をひそめたルークが言った。私たちの視線がほんの一瞬外れた隙に、少女の姿は視界から消え去っていた。


「お家に帰ったのかな?」

「なんだよ、この期に及んで生きてる人だと思ってんのかお前は。町に入る前に花が言ってたろ、この町では幽霊が出るって」

「流石にそうは思ってないよ。でも、ほら、ここ(・・)っていかにも住んでそうじゃん?」

「……まあ、確かにな」


 視線をルーク達から外せば、見渡す限りの墓石が立ち並ぶ閑散とした場所に立っていた。夜であることを考慮しても、一目見て与えられた印象は神経を逆撫で、この町に入ってから感じていた薄気味の悪さは、ここに来て特に際立っていた。

 むしろ、言葉にならないこの町の異質さは、この場所が起点となっているようにも思えた。ジリジリと焼け付くような肌刺す重圧が、底知れぬ無感情の嵐となって方々を支配している。


 私たちは、アイドラの霊園に足を踏み入れていた。


「ところで、これなんだろうね」


 エルサはしゃがみながら、私が足をつっかからせた物に指をさして問うた。


「俺にはでけえ指に見えるな」


 それはルークの言う通り、確かに指に見えた。第二関節と思われる部分から指先までが、無作為的に転がっている。


「うへー、こんなのに触っちゃったの?ばっちい」

「それはまあ一旦置いといてさ、これはつまり指の持ち主が近くにいるかもしれないって考えていいよね?」

「え、まあでも、それらしいのは見えないよ?ほら、血だって随分前に固まってるみたいだし。……それにしても、かなり綺麗に斬られてるね、これ」


 それは千切れたと言うよりは、何かで切断されたと言える断面をしていた。しかもこのサイズの指を……人の腕を優に上回る、エルサなんかであれば両腕で抱えなければ持てないような大きさだ。その分骨は強固で太く、生半可な腕前ではこうはいかないだろう。


「一応探してみる?暗くて良く見えないし、そんな深く探すつもりもないけど」


 そう言う私に二人は頷く。霊園の探索が始まった。

 月が雲に隠れる。光が当たることで正体を見せるものがあれば、光が当たらぬことで正体を見せるものもあるはずだ。


「……といっても、なーんにも無いね、やっぱ」

「まああんだけでけえ指なら、それ相応にデカい図体してるはずだもんなあ」

「それが遠くから見えないなら、少し移動したくらいじゃ見えなくても仕方ないよね?」

「でも、誰が指を斬ったんだろう?町に人の気配はなかったけど」

「別に私たちもそんな探した訳じゃないし、ただ人通りがなかっただけじゃなくて?」

「うーん、それもそっか」

「それか、外から人が来たのかもな。それでついでに倒したのかもしれねえ」


 あの指については、色々な理由が出てきそうだ。適当な予想をしあいながら探していると、変色した地面が現れる。


「何この臭い……血?」


 血生ぐさい臭いが鼻腔をついた。地面の血はかなり広い範囲に渡っているように見え、墓石などもその被害にあっている。


 私たちは変色した地面の外側を回るように歩き始める。するとその外側に向けて、血の跡が続いているのが確認できた。


「まだ生きてるのかな?」

「かもね。でも、なんかおかしくない?この血痕もそうだけど、ほら、あっち見てみて」


 エルサの言う通りに遠くを見てみる。丁度月明かりが戻ってきたところで、見えたのは果ての見えない墓の丘だった。


「こ、こんな広かったっけ……?」

「そんなはずはねえ、こりゃあ町の人の数より墓の方が多いんじゃねえか?あとそれとだ、その血痕のおかしな所は、あの指の血も、この地面も血が乾いていたのに、その血痕だけは乾いてねえ。つい最近出来たもんだ」


 そのルークの言葉にエルサは冷静に頷いた。驚いていたのは私だけだった。


「じゃ、じゃあなに?この近くにいるかもってこと!?でも待って、この地面のだって大きな血痕の一つでしょ?こんな大量に血が出たなら無事ではいられないはずだけど……」


 この変色した地面。直径は10mを超え、飛び散ったのであろう血の跡が各所へ大量にこびり付いている。ジワジワと流れ出たというより、急速な大量出血で血飛沫が舞ったに違いない。


 それが、時間をおいて動き出した……。


「ねえ、それってーー」


 私が辿り着いた答えを口にしようとしたその時、視界の端に映り込むものがあった。

 キラキラと、明かりがある筈のない場所に明滅する光が見えたのだ。それは見間違いと言うにはハッキリとしており、暗闇に慣れた眼にもそれは確かだった。


「とにかく、依頼を受けたわけでもねえわけだし、一旦戻らねえか?また戻って来ねえとも限らねえ、ギルドに行って今回の情報を伝えるとしようぜ」

「手負いの可能性はあるけど、シーナちゃんの言った通り、こんな状態から息を吹き返すってことは相当の生命力がありそうだし、倒すのはかなり大変かも」


 気づいていない様子の二人は、今にも戻ろうという意見だった。それに反対する意思はないが、この光について伝えるべきかーー


「ーーうん、わかった。戻ろっか」


 私は伝えなかった。大した事ではないと思ったし、なんとなくその正体は想像がついていた。


「ところでシーナちゃん、さっきなんか言いかけてたけど、どうしたの?」

「え?……えー……と……いや、まあそんな大したことじゃないし、話半分で聞いて欲しいんだけど……」


 さっき言いかけたことを、まさか聞き返されるとは思っていなかった。私は声を詰まらせつつ、自分の考えを二人に伝える。


 この生き物は不死なのではないか?


「うーん、どうだろう……」

「いや、それはないんじゃねえか?」


 しかし、二人からの反応は(かんば)しくなかった。


「そもそも不死自体はお伽噺のものだし、少なくともシーナちゃん以外に不死だった人は、どの植物も知らないって」

「俺も聞いたことがねえ、それこそお前の言ってた不死の研究やら不死と名乗った奴が昔いたとか、それさえも知らなかったしな」


 どちらも否定的だ。私はその点において特別であり、本来は存在するはずのないものだというのは、自分で調べてわかっているつもりだが……


「それに、回復力の高い生き物は意外といるもんだぜ。それこそ千切れた腕がたちまち生えてくるような奴だっている。そういう奴も、急所に一撃で仕留められる。少なくとも、そこから息を吹き返すようなことはない」


 つまり、今回のはそういう類の生き物ではないかということだ。脳みそをかち割るとか、首を切り落とすとか、心臓を刺し貫くとか。直接的な死に直結する一撃を与えることで、その命を奪うことができる。

 しかし不死はそういったものは関係なく、一切の致命傷は効力を得ない。


「わかったよ……でも、そっかー。不死の手がかりが掴めるっ!って、思ったんだけどなぁ……」


 まあ仕方ない。元々そういう話だったわけだし、そんな都合の良い話ではなかっただけだろう。今まで存在していなかったとされるものを探すとはそういうものだ。

 ただ、それは誰かが歩いた道を歩くだけでは辿り着けない答えであることは、想像に難くない。


 こうして歩いているうちに、少女を見失い指を見つけた場所まで戻ってきた。しかし、何かがおかしい。


「あれ?指が無くなってる……」


 真っ先に気づいたエルサが発したその内容に、ゾクリと背筋に悪寒が走った。


「ど、どうして?誰かが拾ったとか?」

「そんなまさかな……ただこんなの、理由なんか一つしかねえだろうよ」


 持ち主……巨大な生き物が取り戻しにここに来た。


 でも、いつの間に?そもそもそんな影は見当たらなかったし、音もしていなかった。巨体が歩く音を、あの静寂の中で聞き漏らすほど私たち全員、超人としての身体能力は低くないはずだ。


 考えたくもなかった嫌な想像が脳裏を(よぎ)る。私たちは示し合わせることも無く、その場から全力で走り出した。

 全力で走る私たちの脚力は、あっという間に古びた教会を通りすぎ、最初のメインストリートに戻ってきた。私たちは、どこか開いている場所はないかと探し回る。

 すると、冒険者ギルドの隣にある一軒の建物に、明かりが灯ってあるのを見つける。

 一目散にその建物の中に上がり込むと、そこは薄暗い店内の酒場のようだった。


「おうおうどうしたこんな時間に、ええ?慌てて入ってきやがったと思えば、なんだ、慌てなさったツラ拝ませやがって」


 そう言ったのは、切れ長の目と、背中まで伸びた長い黒髪が目に留まる男。


「一先ず、話を聞くために座らせようじゃないか。見たところ、遥々(はるばる)こんな所までやって来た冒険者だろう」

「ああ、おらぁ達にとっちゃあ、久しぶりの同業者だなぁ」


 その左右には、全身を包帯に巻かれた中肉中背の男と、筋骨隆々で、両眼が傷によって塞がれたスキンヘッドの男が、一つのテーブルを囲んで座っている。


「俺らはこの町で唯一、冒険者をやってるもんだ。名前はまあ……適当に見た目で呼んでくれ。名前を教えたくないやつが一人いるんでな、全員で合わせることにしてんだ。そら、座りな。話を聞かせて貰おうじゃねえか」


 そうして私たちは促されるまま、勧められた椅子に座り、彼らに事情を説明することとなった。




来週同じ時間に次話投稿の約束をします覚悟の準備をしておいてください

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