13 ウソとホント
「全っっっっ然、見つからないんだけど!!」
静まり返った館内に少女の声が響き渡った。
うず高く積まれた書物が机どころか床にまで及ぶ、まさしく本の山と呼ぶに相応しい光景の中。その中心で突然叫んだ私に、周囲の人間の驚きや苛立ちの混ざった目線が集まっているのをひしひしと感じ取っていたものの、この溜めに溜め込んだ感情を発露せずにはいられなかった。
「一ヶ月!一ヶ月読んで読んで読みまくって、あっちこっち聞きまくって、毎日毎日寝る間も惜しんで読みまくってーー」
私が死んだ日から一ヶ月が経っていた。あれから自身の未熟を思った私は、ドムレッタにある、冒険者の為に無料で開放されている図書館に入り浸り、この世界の一般常識や気になる事などをひたすら調べていたのだが……。
「なのに!わかんない!わかんない!わかんないよぉぉ!!うわぁぁぁぁぁぁんんん!!!!!!」
「おうおう、だいぶキマってんなあ」
そんな私に更なる地獄の苦しみを与えようと、また新たな本を積み上げていく鬼畜野郎がやってきた。
「よいしょと。ま、お前の気持ちはよく分かるよ、俺も昔そんな時期あったなー、あん時は大変だったぜ。じゃ、頑張れよ。あと、図書館では静かにな」
「嘘つけ!そんなこと思ってもないくせに!演技も棒読みなんだよ!やる気あんのか!」
「お、人の演技にダメ出ししてる余裕があるみたいだな。待ってろ、今追加で持ってくっからよ」
「いやごめんて。冗談じゃん?てか演技だったの認めちゃうのん?」
「……なにしてんの?」
と、そこで新たな人影が。声の方を見やれば、そこには疲れた顔をしたエルサが、こちらをジト目で見つめてきている。
「ちょっと聞いてよエルサ!こいつったらさ、遠慮もユーモアも無いんだよ!冗談通じないんだよ!おまけに性格の悪いクソ野郎!これでも人を見る目はあるんだけどね、この一ヶ月仲間に入れてわかったよ。こいつ最低だ!」
「で、ルークは?なんか言うことある?」
「俺は何もしていない。ただの教育だ」
「はいダウト。先生、この人嘘つきました、今すぐ殴った方がいいと思いギャア!」
「お前が殴られろ。てか先生ってなんだよ」
「そう言って殴ってるぢゃん……もうマヂ無理…リスカしょ」
「はあ……」
ああ、エルサが遠い目をしている……クシャミでも出そうなのかな?
「まあでも、いつまでもここにいる訳にもいかないし、どこかで区切りつけなきゃね」
「そうだな。俺もそう思ってたんだ実は」
「この嘘つきめ……すみません殴らないで」
「もう無視するからね?……どれだけ調べたって、無いものは無いと思うの。数百万冊もの本があるからって期待してみたけど、結局なかったってことだと思うんだ」
ーー不死の魔法。
「……そろそろ飯でも食うか。太陽だって食卓につく頃合だ」
そう言って出口を顎でしゃくる。確かに、ここじゃあ話しにくいったらありゃしない。
「そういえばエルサもその為に来たんだった。忘れてた」
「よーし、それじゃあご飯食べに行こう!久しぶりの外食だ!取り敢えず本全部戻したいんだけど、手伝って頂戴?」
「しゃあねえなあ……こんだけの数だもんな。よし、頑張れよ。俺は先に行く」
「え、ちょっと?文脈おかしくない?いかにも手伝いそうな言い方だったじゃん?」
「じゃ、エルサも行くね」
「ウソ、え?二人とも行っちゃうの?なんて白状な……て!ねえ!?ほんとに!?百冊くらいあるよ!?場所わかんないよ私!すっごい広いよここ!どこに戻せばいいのかな!ねえ……」
行っちゃった……振り返る素振りすら見せなかったな、二人とも。そんな嫌だったんだ……まあ、そりゃ嫌だよね、私も嫌だもん。
「それでもさあ、ちょっとくらい手伝ってくれたっていいじゃん。どこで待ってるかも言ってなかったし」
思わずため息が漏れた。周りの人も、なんだかあえて避けてるんじゃないかってくらい目線を向けてこない。ぽつんと残された私は諦めて本を取り、元の場所に戻すべく、職員に場所を尋ねる。
どこそこのあそこです、と教えられ、言われた通りの場所へと向かった。
ひり……ひり……。
「……っ」
顔の右側に手を伸ばす。触れた手には、顔を大きく覆う布の感触が伝わってくる。その時私は、時折顔を覗かせてくるその傷みに、いつまでも慣れないまま時が経っていたことに気づいた。
そんな、この一ヶ月のあいだに変わったことの一つについて考えながら、さらにもう一つ、最近気づき始めたことについて頭をめぐらせた。
「もしかして私、運悪いのかな……」
勘違いだといいんだけどなあ。
■■■■
「で、さっきの話の続きだが」
場所は移動して、現在私たちが利用している宿屋。あれからお金が増えたり部屋も空いたりして、今では一人一部屋となっている。
とは言っても部屋は狭く、本当に人一人が必要とする最低限の広さしかない。そして今は私が現在利用している部屋で、膝をぶつけ合いながら図書館での話の続きを始めている。
「シーナ。お前なんかわかったことあったか?」
「ぜーんぜん。ひとっつもわかんなかった」
「そんな堂々と言われてもな……」
だって何も書いてなかったし。
「大昔に不死の研究はあったみたいで、自分を不死だと言った人もいたらしいんだけど、研究でわかったのは『人の効率のいい殺し方』と『不死にはなれない』ことで、自らを不死と言った人は軒並み死んじゃったみたい。それも全部他殺、または事故。皮肉なもんだよね」
「それじゃあ確かに、実質何もわかってないみたいなもんだね……」
エルサが残念そうに肩を落とす。有力な情報を得られなかった為だろう。それか、一ヶ月調べて何も分からなかった私の絶望的な情報収集能力について悲観しているのかも。……違うよね?
「それとは別に、お伽噺の中でならいたけどね。実際にいたかどうかでいったら、ほぼ無いと思うけど」
よって手がかりはゼロ。私の体について有力な情報は得られなかったという結論で落ち着こうとする私とエルサだったが、ルークは違うようだった。
「お伽噺……?もしかしてそりゃあ『突然現れた英雄が世界を脅かす魔王を打ち倒す』って内容か?」
半ば確信を持った聞き方だった。実直な目で問いかけるルークに、お伽噺の内容を思い返しつつ肯定する。
「えーと、そうだけど」
「有名なヤツさ。実はお前が探す前から俺の中で何個か検討つけてたんだけどな、そのうちの一つが、そのお前がお伽噺って呼んだやつだ。理由としちゃ、世界各地に、そのお伽噺の中に出てきたもんが実際に存在してるらしい」
「ええ!じゃあなに、お伽噺じゃなくて本当に昔あったことなの?あれが?」
「ああそうだ。まあ確かに、内容はとんでも話がてんこ盛りだしな。とても実在した人物だったとは思えねえが、実際にあるんだ、証拠だと思われているものが」
「そうなんだ……それじゃあ、その世界各地にあるって言うのを探せば、私の体の手がかりが掴めるかな?」
「多分な」
とは言ったものの、なかなか信じられない。あんなのが本当にいたの……?
そう思っていると、不意に肘をトントンっとつつかれた。
「ねえ、お伽噺ってどんなやつ?」
つつかれた方を見れば、エルサが首を傾げて見上げてきている。
「あれ、エルサは内容知らないんだっけ」
「うん、ずっと森の中にいたし、誰も教えてくれなかった」
「あーそっか……まあ、大した内容じゃないけどね。よくある話、突然世界に魔王が現れて、突然英雄が現れて、それでなんやかんやあって世界に平和が訪れましたってやつ。ただ、その英雄が不死身だったって話」
「前半部分さっきルークが言ったことと大して変わらなくない?」
「鋭いこと言うねえ……まあ、今度図書館で読んでみなよ。本当にそのまんまだから」
「そのなんやかんやの部分が知りたいんだけど……まあいっか。後で自分で読んでみる」
そう言って話は終わりとばかりに、エルサは視線を私から外した。
「ところで、調子はどうだ。いい感じか?」
ルークがエルサに聞いた。
「……なに、その具体性のない質問。聞き方もなんかキモいし」
「ぐっ……なんかで人をキモいって言うなよっ……!」
「まあまあ」
こうして話しているが、会った当初に比べればだいぶ仲も良くなってきていた。『嫌な奴』から『一応仲間』くらいにはなってると思う。
「聞きたいことがあるなら具体的に言ったら?」
「わかったわかった。森での修行の話だよ。なんか進展あったか?」
結局フワッとした聞き方をしているというツッコミは一旦置いといて、森での修行。エルサはあの日から、毎日森に入っては魔物を狩り続けている。それも一人で。
一人でやりたいと言ったエルサに対して当然私たちは反対したが、譲る気配を見せないエルサに折れて、そのまま今に至る。
「そうだなー、あれから魔法の操作も速くなったし、器用なことも出来るようになってきたよ。あとは二人に見せる機会があれば完璧かな」
そう自信ありげに腕を組むエルサ。なんでも成長した様子だが、あれからさらに強くなったというなら楽しみだ。
「よし、大丈夫そうだな。なら、図書館でエルサが言ってたが、そろそろ考えても良さそうか?」
「いいんじゃなーい?私はもうちょっと勉強してたいけど」
「シーナちゃんは今まで通りでいいと思うよ」
「ああ、準備は俺らでやるって話だからな。その日が来たら伝える」
「そういえばそうだったね。準備」
そう、準備。なんの準備かというのは言うまでもないような気がするけど、やっぱり言っておいた方が実感とか湧きそうだし、言っておこうかな。
「目指すは西、でも、進むのは東だ」
「決まりだね。不死の謎が目的地」
「うん、この街……ドムレッタを出よう」
■■■■
他人との距離を測るようなことは当たり前で、一人でいる事は誰であろうと珍しいというものでは無い。
ただ、この異世界では人との繋がりが無さすぎて、どうしてもあの二人との距離感ばかりに注力してしまう。
時間が流れて夜、鏡の前に立つ。三人で集まっていた部屋には私一人だけだった。
「……」
無言で見つめる鏡の中に、顔に大きな火傷跡を残す、紅い目をした白髪の少女がいた。
ーー本当にこれが私なのか?
いつか川を覗き込んで見た姿とは大きく違う。
あの時見えたのは、美しい琥珀色の瞳に、整った美しい顔。そしてさらに、透き通るような白磁の素肌。それが今や右目周りは大きく爛れ、右側面の髪の毛は一度焼き焦げたことで、極端に短くなっている。宝石のようだった瞳は、今や深く血を染み込ませその輝きを曇らせている。
記憶違いだなんてありえない。姿を変えた私に何度問いかけたって、同じような答えが帰ってくる。
火傷跡に手が触れる。ひり……ひり……あの日つけられたこの跡に気づいたのは、今のように鏡の前に立った時だった。
あの日の私は、目を合わせたら、死んだという事実を見通されるような気がして、見通されることが何となく嫌で、意図的に周囲の視線から逃れるように俯いて歩いた。だから森から帰って宿屋に向かう時、周りからの奇異な視線にも気づかないで、かがみ込むように地べたを見つめていたのだ。
次の日、二人には何も言わずに外に出た。すると言い知れぬ恐怖が、抗いきれぬ強さで頭を押さえつけてくる。森の中で生まれた筈の決意さえ、恐怖の下敷きになって潰えようとしていた。
私は不死身だった。宿に着いてから気づいたのは火傷跡だけではない。蛇の攻撃でつけられた小さな切り傷が、一つ残らず無くなっていたのだ。
穴の空いた衣服を他所に、知らぬ顔であった私の皮膚は、左肩と腹を除き壮健なものだった。その後検証を重ね、不死身である事に確信を持つこととなる。
しかし、何故顔の火傷と、加えて左肩と腹の傷跡が残り、完治せずにいるのか。それは共通点として挙げられる、『死ぬ前につけられた傷』というのが理由だと考えられる。何故死ぬ前につけられた傷は治らないのかは、未だに解っていない。
死ぬ前と死んだ後、その違いは一体何か。
それはきっと、この姿の違いにヒントがある。
見つめる鏡に未練がましい視線を向けた。その真意に形はない。
これから旅に出る。明日すぐ、という訳では無い。
エルサは順調に力をつけたようだ。彼女の魔法……植物と会話したり、生み出したりする『樹』の魔法と、相手を凍らせたり、自由自在に氷を操る『氷』の魔法。この二つが主な力だと言っていた。
ルークは毎日私の手伝いをしたり、街を駆け回って色々準備しているらしい。具体的に何をしているのかは聞いても教えてくれなかったが、遊んでるわけではなさそうだ。
私は図書館で毎日勉強だ。字だって読めるようになったし、合間の運動で自身の体についての理解も深まっている。
それぞれ過ごした一ヶ月。私はひたすら悩み続けたが、二人にも、人に話せない悩みはあるのだろうか。
私にあって、二人には無いというのもおかしな話かもしれない……何故なら私自身、悩みを二人には話していないのだから。
冷え込んだ体をベッドの中で抱え込んだ。震えてはいなかったが、こうすることで安心できた。
このまま目を瞑れば、当たり前のように朝が来る。そこに苦労は一つもなく、ただ優しく包まれる我が身を運び込んでくれる。
その場限りのものにしてはいけないんだ。
恐らくそう時間はない。前触れなくそう思った。
■■■■
二人に出会ってからの第一声は予想していたものとは大きく違っていた。
エルサは短く「もう大丈夫?」と、私はそれに静かに頷き、ルークは特に気にするようなことも無く「忘れもんはねえか」と、その問いに私は「大丈夫」と答えた。
時刻は早朝。長い間お世話になった宿屋に別れを告げて、丁度外のやや冷え込んだ空気と日光に出迎えられたところ。日にちは十日程進み、私たちは今、旅立ちの時にある。
外を出歩く人は少なく、すれ違う人に関してはほとんどいなかった。皆、一様に同じ方向へと向かっている。
そんな中揺れる髪の感触が、いつもよりもくすぐったかった。朝日に照らされた街並みが伸ばした影は遠くへ手を伸ばし、繋がりあっている。陽だまりの輪の中で正面を向いて歩いていた。
向けられる視線は無かった。怖くもなくて、二人もいた。この両の眼が確かに教えてくれている。
街を出る。歩いて進む道からは、広大な森が見えた。あの森だ。
ルークが言うには、森の中にいた蛇は私たちに対して敵意はなかったのだとか。それどころか、私たちは蛇によって森の外へと誘導されていたらしい。にわかには信じ難い事実には、人を納得させるだけの根拠が無かった。ただそれは、当事者の感覚でしかないのだから。
私たちの進む道と同じように、見通せぬ程遠くまで続くその森の謎は、今もなお提示され続けている。
しかしそれも、日を跨げば通り過ぎていて。
夜を明かした。替わりばんこに見張りをして、見知らぬ生き物に怯えて眠った。
朝が来て、雨が降った。瞑った右目に手が触れる。日に日に触れる回数が減ってきているのが解っていた。
そんな私たちの旅には危険も思い返せば特になく、順調に進んで二日が過ぎている。道中立ち寄った町や村で休みながら進む私たちだが……
「ねえ、まだ着かないの?」
時刻は夜、不満の声を漏らしたのはどこのどいつか……私でした。
「しょうがねえだろ、ここら辺は俺も来た事がなくてだなーー」
「だから道を間違えましたって?それはもう……しょうがないよね」
「いやしょうがないじゃないからね?」
エルサが呆れた声でツッコミを入れてくる、というか入れてくれる。これだよね、空気を良くするには。
「地図は見てたんでしょ?なんで間違えるかな」
「正直ぐうの音も出ねえが、まったくその通りだ。間違えた理由はてんで思いつかねえのが本音だが、そもそも人間誰だってミスがある」
「まあそう言われちゃしょうがないよねー。全部ホントの事だろうし」
そう、間違えるもんは間違えるのだ。仕方の無いことで済ませられる事ばかりではないものの、そういうものなんだと考えられることは大事な事だと思う。
「この先は何も無いんだっけ?ないなら早めに休んで、明日の私たちに任せるのも手だけど」
「それは魅力的ではあるが、さらに魅力的なことを言わせてもらえば、この先をもう少し行けば町がある。それなりに栄えてた宿場町らしいし、この時間でも泊めてくれる所はあるんじゃないか?」
なるほど?じゃあ今日はそこで休んで、明日元の道に戻ればいいかな。
「ねえ、その町ってなんて名前?」
エルサがだし抜けに聞いた。ルークは驚くような素振りも見せずに、地図へ目線を落としながら答えた。
「『アイドラ』って名前だな。最近は聞かねえが、何度か聞いたことがある。かなり広い霊園があって、町の活気に反してかなり物静かな面もあるらしいが、人は多いし冒険者ギルドもあって、不便といえる不便らしさはないらしい」
「そっか……」
そう言ったきり、考え込むように顎に手を当て眉をひそめた。ルークの話した内容に何か疑問があって、それについて考えているのだろうか。
「なんか分かった?というか……言ってた?」
そんなはずはない。思い立ってエルサに聞いてみれば、それは当たっていた。
「うん、植物に話を聞いてたんだけど、今聞いたルークの話とはかなり違ってるんだ」
「て言うと?」
「まず活気なんて欠片もないし、今はアイドラだなんて呼ばれていないみたい。すっかり廃れてしまって、今はまた別の名前で呼ぶ人がほとんど。その呼び名は『ゴーストタウン』。単純に、幽霊があっちこっちで出るからそうつけられたんだってさ」
「それまた安直だね……でも、幽霊?ホントにいるの?」
幽霊と言えば、前の世界でも聞いたことがない人はいないくらいだろう。テレビでも、インターネットでも、その事に触れた内容はごまんとある。しかし、本当に見たことがある人は一体どれほどいるのか。大抵は作り物とか、何かと見間違えたとかそういったもの。
本物を見たことがある人はいなくて、偽物を見たことがある人はいる。幽霊とはそういうもののはずだ。
「それが結構出るらしいよ。夜とか家の前走り回ってるって、この子が言ってる」
そう言って指さした場所には、辺りを雑草に囲まれ、その中で真っ直ぐに咲いた一輪の花があった。
「誰でもいいって訳では無いの。頭のいい子もいれば悪い子もいて、この子は特別頭が良かったから、ここを通る人の会話を聞いて覚えてて、それを教えてくれたの」
「へえ、そりゃ凄いや!いやーいい子だねえー」
そう言って、屈んでその花と向かい合う。エルサの話を聞いた私は、なんとなく花弁をそっと撫でてみた。するとエルサがクスクスと笑いながら、「その子、嫌がってるよ」と言った。
「人に触られるのが嫌みたいだね。『私に気安く触れないで!』だってさ」
「えーそんなー!植物がそんなこと言うなんて」
「ちょっとプライドが高いみたい。『私は他の植物とは違う』って」
「そっか……なんか不思議だね」
「不思議?」
「うん。植物にも頭の良い悪いがあって、ものを考えることができて、特にこの花なんかは、他よりも優れてるって自覚があって、しかもそれに見合ったプライドも持ち合わせてる。これじゃまるでーー」
「人間みたい、てか?」
突然の声はルークのものだった。そう言えば私たちの会話に一切混ざってこなかったが、一体何をしていたのか。
「さっきまで何してたの?」
「ちょっと先を見てきてたんだ。そしたらすぐそこ、地図通りに建物が見えてきた。だがエルサの言う通りなんとも言えねえ雰囲気が漂っててな、俺としちゃあ、ここで野宿もありだとは思うぜ」
私から見たルークは別に冗談で言ってる様には見えなかった。具体的な根拠はなくとも、なんとなく避けた方が良いと思ったのだろう。
私はほんの一瞬考えて、それの判断を下した。
「いや、野宿はしないでその町に泊まろう。そんな距離はないみたいだし、一晩泊まるくらいなら問題ないでしょ」
その私の意見に、二人は特に反対する様子はなかった。ルークも、とりあえず提案してみたくらいの感覚だったのかもしれない。
道の横で揺れる草花と町へ促すように吹く風に見送られ、私たちは歩みを再開した。
ルークの言う通り町の姿はすぐに見えてきた。町の入口に辿り着くと、メインストリートと思われるその道には人が一人もおらず、夜の中でも月明かりによってうまれた建物の影達は、雰囲気も相まってより一層色濃く目に映った。
「なんだか薄気味悪いね……」
そう言う私の声に二人は答えなかった。薄気味悪いと言う言葉だけでは言い表せない異様な存在感が、おどろおどろしくあったのだ。
「宿はどこかな、どこか適当な所に入って中の人に聞いてみる?」
「それはありだな。さっさと建物に入りたい」
「あ、あれ見て」
そう言ったエルサの指さす方向には、古びた教会があった。灯りはなく、遠目からでも酷く傷んだ様子が伺えるが、人がもしいたならば、きっと私たちに対しても親切にしてくれるだろう。
歩みを進め教会の前へと辿り着いた。脇には小さな庭のようなものや、畑らしきものが見えるが、手入れされた様子はない。雑草が生い茂り、見慣れぬ道具も散見されたが、それも暗がりに紛れ正体を見せることはなかった。
「中入れそう?」
「いや、こりゃ無理そうだ。壁は穴だらけでおよそ人の住んでいる気配はないし、そもそも鍵がかかってる」
この場で最も背の高いルークの背丈よりも大きな扉には、金属製の錠がされていた。私たちならば容易に壊すことは出来そうだが、わざわざ鍵のかかってる所へ無理矢理入るものではない。
「他を当たろっか……」
「うーん、ちょっと待って?」
「どうした、エルサ」
エルサがおもむろに扉へと近づいた。目の前まで近づいたエルサは錠へと手を伸ばし、そのままあっさりと、錠自体を扉から外してしまった。
「エ、エルサ?」
「あ、大丈夫だよ、元々壊れてたみたいだから」
「そっか。なら大丈夫……かな?」
「いや、こっち見ながら聞かれてもな」
そんな会話をしながら私は一つ、ふと気づいたことがあった。
それは足跡だ。それもかなりの数で、大きさもまばらな足跡が、この教会に出入りがあることを知らせていた。
こんなボロボロの教会に一体なんの用があったのか?あまり人のことは言えないが、同じような境遇の人間が、直近でこんなにも訪れるような場所ではないようにも思えた。
それに、この様々な足跡に混じって見える、この小さな足跡は確実に子供のものだ。これで大人のものも多ければそこまで不思議に思うことでもなかったが、そうではなかった。むしろよく見てみれば、『大量の子供の足跡に混じってやや大きめの足跡が混じっている』というのが正しい。このやや大きめの足跡も、今の私と同じくらいの大きさで、成人したばかりの女性か少年のものだろうか。
「……?」
不自然に視界に紛れ込んだものがあった。それは石を積み上げてできた、直径15cm程の小さな山だ。
なにか特別な意味があるようには見えない。もしかしたら、私がさっきから考えてることはてんで見当違いで、ただ単に教会が子供の遊び場になっているのかもしれない。むしろその方が納得できる。
「あっ」
そんな時、ふとエルサが声を漏らした。エルサの顔を見ればそれは酷く驚いた様子で、私たちの背後を見つめている。
一体何が?気にかける私たちにも一切気づかない様子のエルサの視線を辿っていくと、そこには
青白く発光する、少女の後ろ姿があった。