あぜ編み風
寂れた街の外れにて。
淡いランタンの灯りが、照らされる人の心をそっと包み込む。走るネズミに、隙間風。街のメインストリートを吹き抜ける木枯らしが運ぶ、常々の噂話、小話が、今日もどこかで人から人へと伝えられる。
ところが、人気のない薄気味悪い街。そう言って差し支えない有様には、どうしたって理由があった。
「一体いつになったらあの汚ねぇ墓場はなくなるんだ!」
一人の男の声が伽藍に響き渡る。場所は小さなギルド横の酒場。そこでは今日も同じ顔ぶれの三人が、言いたい放題言うために集っていた。
「そんな大声を出すな、傷に響くだろう」
そう言う一人の男、全身包帯まみれの中肉中背、それ以外に特徴を見つけられないような男だった。
「けどよ、お前のその傷だってあの墓場のせいじゃねえか。邪智と暴虐をくっつけたみてえな大蜘蛛男。昼間は蜘蛛の巣払い、夜中はお化けが化けて出る始末で、お陰様。ゴーストタウンなんてつまらねえ呼び名までついちまった!」
そう言うのは、長い黒髪を下ろし、切れ長の目を喜怒哀楽に忙しなく動かす、普段は腰に提げた剣をテーブルに立てかけた男。
「現れたのは何年も前か、墓場の外には必ずいなくて、墓場の中には必ずいる。おまけに出逢えばお陀仏、逃げてもお化物ミイラ男で、お陰様。……お気に入りの靴が履けなくなってしまった」
「そら言う通りだぜミイラ男。しかしそんななりじゃあ、風だってピーピー足音鳴らして逃げてくってもんだぜ、なあ?」
そう問うた先、両目を縦に入った傷に塞がれた、禿げた筋骨隆々の男が、頭をふらふらと揺らしながら答えた。
「なあ、だぁ?おらぁなあなんて名前じゃねえ」
「はっ!いつもどおり、お前はめんどくせえ奴だぜ」
「おお、それでいい、それでいい。おらぁ名前で呼ばれるのと、それ以外で呼ばれるのが大の苦手だ。おめぇって呼ばれりゃあ、なんでもない自分だって思える」
「それはなんべんも聞いてわかってるっつうの!そんな事より、お前もなんか言えよ。そのために来たんだろうに」
「そらぁ自分でわかってるのかい、それとも言われてわかってるのかい……どっちでもいいんだ、そうだなぁ。それじゃあ言うが、その風はどんな靴を履いてたんだろうなぁ」
「靴?風が靴を履くものか」
「まあいいさ、乗ってやろうじゃねえか。……確かに、偉いやつは偉そうな靴、貧しいやつは貧しい靴、おでんぱ娘はおでんぱ娘の靴を履く。なら、風だって風の靴を履いてるに決まってる」
「なるほど、そうだな。ならば、怯えて逃げ出すような風の履く靴は、さしずめ臆病風の靴か」
「ほう、そらぁいい線いってらぁ。だが、馬に人の靴は履かせまい、馬が履くのは蹄鉄だぁ。なら、風には風に相応しい靴がある筈だろうなぁ」
「ふむ、ならば足音から考えてみよう。先の話なら、偉そうなやつはやはり馬の革を使った革靴だろう、それも上質な絨毯の上を歩いてフサリ、フサリ。貧しいやつは自らの皮膚こそが靴だ、路地裏を裸足でペタリ、ペタリ。おてんぱ娘は快活なストラップシューズで街の通りをタッタ、タッタ」
「ならその考え、風に当てはめようか。ピーピー鳴らす靴ってのは大して当てがある訳でもねえ、笛でも履いてるって言うのかよ?」
「しかし、風は様々な音を鳴らす。ビュービューとも、ゴォーゴォーとも」
「それなら笛じゃねえな。だがそもそも、足の形がわからなきゃ靴の形もわからねえ道理。まずはそっから考えるべきだぜ」
「あのー……すみません」
突然声をかけられる。そこに立っていたのは、黒い肌に、短く切られた金色の髪とネオンブルーの瞳が光る。白のシャツに紺色のエプロン。酒場の制服に身を包んだ、一人の給仕だった。
「どうしましたか?」
「そのー、そろそろご注文はお決まりかと思いまして……」
「はっ!これが頼む雰囲気に見えるかよ!払う金があるならとっくに頼んでる、無いならいつまでも頼まない。諦めて皿でも洗ってな!……と、言いてえところだが、見たところ、まだ入って僅かの三日坊主と見た。この店唯一の常連として、注文をとらせてやろう。どれ、一番安い酒を一つ」
「なら、私も同じものを」
「おらぁも同じで構わねぇ、安いつまみも頼まぁ」
「か、かしこまりました」
そう言ってすぐ、給仕は注文通りの品を持って戻ってきた。ぎこちなく提供したあと、そそくさと立ち去ろうとするのを、両目に傷がある男が引き留める。
「おめぇさん、ここに来てどんだけ経った」
「まだ三日です」
「そうかそうか、なら、墓地が危ねぇのは知ってっかぁ?」
「はい、ほんの一瞬前から」
「あそこは危ねぇから近づかんようになぁ、もし死んじまったら、おらぁらの仕事が増えちまうんでなぁ」
「仕事が増える?」
「俺らの仕事は穴掘りだ。それも死体を埋めるための穴を掘る、墓掘りだ。だから仕事する時は人が死んだ時、仕事するのは墓地の中、危険な墓地の中に入ると俺らも危ない。とまあ、回り回って俺らの命に危険が及ぶからよ、この街で人様を危険に晒したくなきゃ、自分の命を守るこったな」
「わかりました、御忠告ありがとうございます」
それきり、三人は再び会話へと戻った。
「誰だって、自分の入る墓なんぞは掘りたくないものだからな」
2章始