1 少年の死
頑張る
少年は、立っていた。
ただひたすらに真っ白な絵が飾られた、何一つ装飾のないこれまた真っ白な通路に、訳も分からぬまま、呆然と、気付けば立っていた。
後ろを振り向けば前方と同じように、絵が壁に掛かった通路が一直線に続いている。
―――ここはどこだろう。
という、当たり前の思考にたどり着くまでに随分と時間をかけながら、少年は同時に次のことを思い出した。
―――あっ、死んだんだった。
そう、それは暑い夏の日のこと。
空高くそびえる入道雲が汗かく人々を見下ろすその日に、少年―――玄伏咲十は、陽炎がのぼるアスファルトに、思わず息とともに吐瀉物を呑み込みたくなる血生ぐさい臭いを放ちながら、美しいまでの死体を晒していた。
17歳の事だった。
■■■■
咲十は困っていた。
心底困っていた。
「何ここ」
言葉が出ないとはこのことか。
自身が死んだことを思い出し、後ろに流れていく真っ白な絵画を横目に歩くこと数十分。いや、数時間?数十時間?もっと?5分や10分ではないだろう時間を少なくとも歩いた咲十はわからない。
出口が、わからない。
「何ここ」
また言ってしまった。そしてこれは二度目ではない。何度目かもわからない。
咲十は歩けど歩けど辿り着かないこの真っ白な通路を歩き続ける。
不思議と疲れはない。死んだのだから当然かもしれない。
しかし前を見ればこちらもまだまだと、果てなど見せぬとばかりに続く通路を見て、これまた何度目かのため息をつく。
小さなため息ではあったがそれ以外に耳に届く音もなく、じわりと滲むように聴こえた後、何事も無かったかの様に静寂が咲十の体を包み込んだ。
帰りたい、こんな所じゃなくて、みんなの所……でも、もう死んでるのか、けど、どうにかして、どうにかならないのかな。だって、死んだのに意識があるなんて、普通おかしなことじゃないか。だから、他に一つくらい、おかしな事があっても、それは不思議じゃない……と思う。
「……?なんだこれ」
視界に一際映るものがあった。この白の世界の中で、唯一別の色を持った存在。床に筆が落ちていた。
下を見ていた咲十はふと前を向く。
そのまま視線を僅かに上げれば、真っ白な絵と視線が合った。
そういえば、なぜこの真っ白な板を見て絵だななどと思ったのだろう。
「だけど、まあ……こうなったら、つまりそういうことなのかな」
咲十は筆を拾い上げ、何もつけずに真っ白な板へその筆先をつけた。
すると、その板だったものが、たちまち姿を変えて色付いていく。全容の見えないものから、どこかで目にした事のある物に成り代わっていく。
それは巨大な門だった。そしてそれが、門が門たらしめる形をとった時、それと同時に色は抜けていき、再び色味のない白となる。
嫌に耳に残る音が喉で鳴った。これだけはっきりと、唾を飲み込む音を聞いたのは初めてだ。
恐る恐る押してみる。その巨大さからは想像も出来ない軽さで動き、隙間から目を焼き付くさんばかりの光が漏れでてくる。
一体何がそこにあるのか、想像はきっと及ぶことはなく、想定も越えられたものがある。そんな予感と共に、次第に慣れ始めた眼を開けると、そこには、
耳の長い金髪の女性。
多面的球体型の異形の頭をしたおそらく男性と思われる人。
男女の区別すらつかない不定形の生物。
様々な種族、性別の群集が、右の果てから左の果てまで続いた、超巨大な空間がそこにあった。