デート
麻央といつも待ち合わせに使う駅で合流すると、二人で僕のマンションの近くにある、行きつけの居酒屋「だるま屋」に行くことにした。
麻央は酒好きなので、普通のレストランに行くよりも居酒屋などを好む。
僕はあまり酒は強くないのだが、だるま屋の大将の作る中華料理はなかなかの逸品なので、結果として二人とも満足できる場所として、この店に落ち着くことになるのだ。
座敷の席で麻央は焼酎の水割りを、僕はビールをちびちびと飲みながら酢豚を口に運ぶ。
カナダに留学していたときに、やはり僕もご多分に漏れず日本料理が恋しくなったが、あちらの日本料理の店はどこもやはり値段が高い。
懐事情の寂しい学生だった僕は、値段が安くて日本人にも馴染みのある味、つまり中華料理を食べるために、トロントのチャイナタウンによく足を運ぶようになった。
そして時は流れ、中華料理は僕にとって今や学生時代の思い出の味になっていた。
「亮介さー、ほんとここの料理好きだよね」
「この値段で、この味出せる店はそうはないからね」
麻央とはもう2年ほど交際している仲だ。
元々は高校の頃のクラスメイトだったのだが、上京したクラスメイト同士でちょっとした同窓会を開こうと友人達に誘われ、その席で麻央と再会してからの付き合いだった。
「ねえ、この前のエリア51の記事ってほんとなの?」
「日本の映画監督が目撃した円柱型UFOの話?」
麻央はボーイッシュな短い髪型、日焼けした肌といういかにも体育会系な見た目に反することなく、
中学校の体育教師をしていたが、その見た目と職業に反して、実はSF、UFO、宇宙人好きの
オカルトオタクだった。
同窓会の席でもSF映画の話で盛り上がって、映画館にデートに行く事になったのが交際のきっかけになっている。
「そう、撮影の為に飛行機で飛んでたら現れたんでしょ?」
「あれはオカルト界隈ではわりと有名な話だよ、話だけで写真とかは何も無いけどね」
「無かったねえ、やっぱガセなのかなあ」
「まあ、ああいう感じの話はネタみたいなものとして見たほうが面白いかも」
「うーん、でもやっぱりエリア51には何かあると思うんだけどなあ・・・・・・そういえば今はどんな記事を書いてるの?やっぱUFO?」
「あー今は心霊関係、季節的な物もあるしね」
「あー、そっちかあ・・・」
麻央はオカルトオタクだったが、心霊関係に関しては否定的だった。
UFOや宇宙人好きなオカルトオタクには、なぜかこのタイプの人間が多い。
幽霊や妖怪よりも、UFOや宇宙人の方が一見すると科学的な感じがするからかもしれないが、
正直、僕はこの両者にあまり大きな違いを感じてはいなかった。
共に「未知」という点ではそう変わりがないからだ。
「ちなみにどんなやつ?」
「イギリスのそっち系の団体があるんだけど、死後の世界の証明に成功したとかで」
「胡散くさー、その団体って変なカルトとかじゃないの?」
「一応その団体自体はそれなりに歴史があるよ、僕も何度も名前は聞いたことあるし」
「ふーん・・・で、その団体はどうやってあの世の証明に成功したの?」
「死後の世界と通信して確かな情報を得ることができた、とかサイトには書いてあったけど、
詳細については全然書かれてなかったね」
「ますます胡散くさー」
「まあ何でも最初から嘘と決め付けるのは良くないよ、それを検証するのが僕の仕事でもあるしね・・・
麻央はやっぱり死後の世界とかは信じてないの?」
僕がそう尋ねると、麻央は眉根を寄せながら難しい顔をする。
「胡散臭いから信じてないっていうのもあるけど、なんて言うか信じたくない」
「信じたくない?」
「だって怖くない?死後の世界があるってことはさ、それってつまり永遠の命があるって事だよね?」
「永遠の命があると怖いの?」
普通は逆ではないだろうか?
死後の世界が存在しないという事は、死は即ち「無」だ。
つまり、自分という存在が完全に消滅してしまう。
普通に考えるのなら、そちらのほうがずっと怖いと思うのだが。
「だって途方もない時間を永遠に過ごし続けるんだよ?終わりがないんだよ?
もし人間がそんな状況に置かれたら、一体どんな風になっちゃうんだろうね。」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
僕は麻央のその考えに少し関心しながら、グラスの中のビールを飲み込む。
「だからさあ、あの世なんて無い方がいいんだよ、だって有るって考えたらもの凄い疲れるもん」
「宇宙の事を考えるのも、それと変わらないくらい疲れそうだけど?」
「宇宙はいいの、面白いから!」
「そういう物ですかね」
僕は麻央らしい考え方だな、と思いながら笑みを零す。
酔いが良い具合に回ってきた麻央は、それから火星に文明が存在したかもしれないという話を
延々と行い、僕はその話を聞きながら、適当に相槌を打ったり、時には自説を披露したりした。
他人から見ると少し変わったカップルに見えるかもしれないが、
僕らにとってはいつも通りの光景だった。
麻央と二人で僕のマンションに向かう途中、僕の携帯電話からメールの着信音が鳴った。
僕はポケットから携帯電話を取り出すと、メールの内容を確かめる。
編集部の僕専用のメールアドレス宛に送られたメールが、携帯電話に転送されて来たらしい。
新聞記者の様に昼夜関係なく動き回っているというわけではないが、
一応は仕事にすぐに対応できるよう、この様な措置を取っている。
メールが英文で書かれていることから、僕が取材を申し込んだ例の団体からの返信だろう。
酔いが少し回りすぎた頭の中で、僕はたどたどしく英文を翻訳していく。
そこには「我々は貴社の取材を歓迎する」という旨が書かれていた。




