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終幕

 ヨーロッパと全く同じ形をした国に、七人の後継者がいた。

 現国王は管理者を立て、後継者争いを一つのゲームに委ねることにした。

 そのゲームの名は「ディプロマシー」

 それぞれの想いを賭けたディプロマシーが、或る国で執り行われた。



 φ



 生暖かい春先の木漏れ日が差し込む、真っ白な西洋の建物。チュールベリン国立総合病院の一室に、その男の姿はあった。ゲーアノート・ヘルマン・チュールベリン。この国を治める王であり、幾多の子を持つ大いなる父である。

 最盛期にはその片手で山をも動かしたと噂されるが、今となっては一人の病人。自慢の筋肉は全身において一回り小さくなり、獅子のような勇ましい金髪もまるで水揚げされた海藻のように元気がなかった。



 目の光も微かに薄れ、老いた口元からふぅと一つのため息をつく。

 窓の外、大きな木の枝でチュンチュン騒いでいた小鳥たちが飛び立つやいなや、コンコンと扉を叩く音が客の来訪を知らせた。



「国王様。ゲーアノート様。エッケハルトでございます」

「あぁ、入りなさい」



 扉越しの低い声に、老人はウシガエルのような野太い声で答える。

 ガラガラと音を立てて扉が開くと、そこには鮮やかな藍色の燕尾服を身に着けた、若い男が立っていた。間髪入れずその口が動き、男は淡々と話し始める。その口調には、不思議と焦りが見受けられた。



「国王様。ゲームの方が終了しましたので、取り急ぎ私の口からお伝えしたく参上いたしました。既に伝書鳩が届いたかとは思いますが――」



 まるでもう時間が残されていないかのような、そんな速さで喋る男を、老人が衰えた右手を挙げて遮る。



「まぁまぁ、そう()くでない。よく見ろ、ワシはまだ大丈夫だ」



 永いあいだ病床に伏し、体の元気こそ無くなっていたものの、その声に宿る王の覇気は未だ健在である。言葉を聞いて安心したのか、男は少し安堵したように緊張を解いた。



「どうやら……そのようですね。失礼いたしました」

「それからアレだ……先刻の知らせによると、ワシは晴れて前国王となったはずだが?」

「そう……でした。失礼いたしました」



 前国王となった。そう、この老人は厳密には既に王ではない。つい先日執り行われたあるゲームによってその座を譲り、後は余生を過ごすだけのただの一人の老人であった。

 あるゲーム。その名をディプロマシーと言う。何故このようなゲームを行ったのか、その経緯をまずは語ろう。



 ヨーロッパとよく似た形をしたチュールベリン王国。その国王……否、前国王として君臨していたのが先程の老人、ゲーアノート・ヘルマン・チュールベリンであった。前国王はチュールベリン全土を平和にしようと、各地域の女子おなごと縁を結び、その子らに各地域を統治させていた。

 王子王女らは、皆みなそれぞれに国の発展に尽力していたが、その甲斐がなかった地域も少なくはない。その理由の一つとしては王の子らが、人間、獣人、ドラゴン等様々な種族に及んでいた事が考えられる。この国から差別をなくしたいという王の想いから成された結果であるが、政治というのはそう簡単には運ばない。

 そんなある日、ゲーアノートが急な病に倒れ、この病院から出られない体となってしまう。王の搬送は秘密裡に行われたため国の混乱は間逃れたが、自らの死期を悟った彼は自分の子らの中から次期国王を選定する事を決意する。

 戦争を忌み嫌う彼が取った選択肢が、ディプロマシーというボードゲームでの争いであった。知性、洞察力、説得力、懐疑心、信頼、全ての能力を兼ね備えていなければ勝てないゲーム、それがディプロマシーである。次期国王を選定するにはちょうど良いゲームであった。



 ゲーム本編のあらましは、他所で大いに語られているため、あえてここで述べることはしない。大事なのはその結果と、そこに至った経緯である。

 兎にも角にも、件のゲームの管理を終え、結果を引っ提げて前国王の元へと帰ってきた男が、先の藍色紳士、エッケハルト・バーゼルであった。



「ゲーアノート様。既に伝書鳩が届いたかとは思いますが、私の口から再度、結果をお伝えさせていただきます」



 部屋に入ってきた時とは違い、やや落ち着いた様子のエッケハルト。これが彼の精いっぱい取り繕った姿である事を知る者は、前国王以外には少なかった。



「計七ターンに渡るゲームの結果、最終的に首位になられたのは竜胆のお二方でした。よって、竜胆の領主、ムラマサ様が新たな国王となります」



 竜胆。チュールベリンの西に浮かぶ小さな島。和の雰囲気漂うこの地域は、オオカミの亜人、ムラマサという男が治めていた。



「既に国王引継ぎの手続きは大方が完了しております。ゲーアノート様、長きに渡り、本当にお疲れ様でした」



 今年で三十になるエッケハルトが生まれる以前よりこの国を治めてきた王だった。その長期間に及ぶ王の苦難を、彼は側近として身をもって知っている。



「父から王を受け継ぎ、実に半世紀が経ったか……エッケハルトよ、ワシの側近として生きた二十年は、どうであった」

「そう……ですね。ゲーアノート様の傍に置いていただいて二十年になりますが、まだまだ学ぶことが非常に多いです。今回の件でも、貴方のご子息、ご息女様から多くを学ばせていただきましたし」

「ほう……おぬし……」



 言いながら、ゲーアノートは重い首を動かしてエッケハルトの顔をまじまじと覗き込む。その様子に困惑したのか、怪訝そうな顔つきでエッケハルトが続ける。



「あの……いかがなさいましたか」

「あぁ……すまんな。エッケハルトよ、おぬし、目の色が変わっておるぞ。昔と同じ色だ」

「色が……そうですか……それは、なんとも――」



 目の色が変わった。当然ながら、文字通り目の色が変わったというわけではない。彼の澄んだ紅の瞳は、今も昔も変わらずにすんと落ち着いていた。

 前国王の言う目の色。それは即ち、感情の起伏のような物を表す。ゲーアノートにしか確認できない物であるため、その真意を確かめることはほぼ不可能ではあるのだが、彼曰く、情に厚い人間ほど明るく、冷酷な人間であれば暗く映るらしい。



 エッケハルトの反応を見て、前国王はうんうんと、満足したように頷いてから、再び彼の目をじっと見つめた。



「とても良い……良い紅色になった。此度の件、次期国王を定めるに留まらず、お主にも何か導きを示してくれたようだな」

「そっ、それは……!」



 どういうわけか若干の赤面を見せつつ、エッケハルトは国王からそっと目をそらす。彼の視界には、自分の肩からかけた少し大きめの鞄が目についた。



「そ、そうだ国王! まだいくつかお話すべき事が」



 その口調の崩れ方から、エッケハルトの同様が見て取れる。

 彼は鞄から長方形の木の板を取り出し、王に見えるように構えた。



「放送をご覧になられていたかもしれませんが、こちらが最終的な盤面になります」



 長辺が二十センチはあるであろう木の板に、なにやら地図のような物が刻まれている。

 鞄の様子を見るに、彼はこの板を十五枚持ち歩いていたらしい。相当な重量であったのだろう、よく見ると彼の燕尾服には少しシワが寄っていた。



 木の板をじっと覗き込み、前国王は口を開く。



「あぁ……しかとこの目で見させてもらったよ。おぬしが帰って来るまでの間に、全ての放送もな……」



 全ての放送。今回ゲーアノートが用意したゲームは、七チームの者がそれぞれに交渉し、自らの国を勝利に導くといった内容のデームであった。交渉は個別に行われたため、各々の国には各々の物語がある。よってチュールベリンの放送局が総出で、各視点を個別に放送していたのだ。

 それを全て見るとなると、実に五十時間程を要する。果てしなく多いようにも感じるが、自らの国の未来がかかった一大事、王としては当然の事だったのかもしれない。



「して、端末の調子はどうであった?」



 前国王が端末と呼称したのは、他でもないエッケハルトの持っている木の板の事である。今回のゲームの処理を行う上で必要不可欠なデバイスであり、エッケハルトの自作品であった。



「はい。端末のシステムに不具合は無く、すべて正常にしました」

「そうか、よかった。まぁ、当然と言えば当然か。十六年前には基盤が完成していたのだからな」

「ただ……その……」



 エッケハルトの眼鏡が少し曇る。先程彼は、()()()()()()()に不具合は無いという表現をした。



「どうした、エッケハルト?」

「それが、インターフェイスに少々問題がございまして……特にパフィオのお二人には、多大なるご迷惑をおかけしてしまいました」



 パフィオ。チュールベリンの大陸最西端に位置する、羊の亜人が治める地域。アモンシープ族と呼ばれるこの一族は、その立派な角と整った蹄が特徴的であり、今回使用した端末には不向きであった。



「はっはっは! 確かに、奴らは綺麗な蹄を持っておるからなぁ。ワシの血が入っとるマリはまだしも、御付のヤーナ殿には使い辛かったであろう」



 マリ・アモン・ベルリオーズ。ゲーアノートの娘の一人で、パフィオの統治をしている。御付のばあやであるヤーナは純潔のアモンシープ族で、その姿はより一層ヒツジに近かった。



「はい。動作確認の際に人間しか起用しなかった私のミスです……」



 少し落ち込んで肩を落とすエッケハルトを見て、前国王は彼の腕をポンと叩く。否、衰えても人並み以上の筋肉、エッケハルトからしてみればバシッといった感覚であろう。



「気にするでない! 次に生かせばよいのだ。それに、ワシはおぬしの口からその言葉が聞けて大いに嬉しいぞ」



 はっはっは、と。ゲーアノートはその大顔をにんまりとして笑って見せた。

 再び少し赤面するエッケハルト。再び鞄をごそごそと探り、今度は一枚の紙を取り出した。



「そうだ、ゲーアノート様。今回のお写真ができあがっております」



 言いながら、彼は取り出した紙を王に手渡す。

 写真には、人間、獣人、ドラゴンらが入り乱れて写っている。中央には、次期国王であるムラマサがその腰を下ろしていた。



 ゲームが始まる前には、お互い初見の者同士もおり非常に緊迫した様子だったらしいが、この写真に写る者は皆、最高の笑みを浮かべていた。



「おぉっ! 本当に! ほんっとうに……! 大きく……」



 言いながら、ゲーアノートの声は少しづつ掠れていく。同時に、彼の目からは大粒の涙が滴っていた。



「大きく……なりよって……うおぉ、うおおおぉ!」



 大きな雄叫びにも似たその鳴き声は、彼の病室を小刻みに振動させる。身体に響きますよ、と声をかけるのを、野暮だと思い留まるエッケハルトがいた。



 ひとしきり泣き終わり、再び写真をじっと見つめるゲーアノート。その視線は、長兄でもある次期国王のムラマサに向けられていた。



「はっはっは! オオカミの血が入っておると言うのに、ワシに似てきおったな……!」

「えぇ、目元のあたりなんか、本当にそっくりでございました」



 子を慈しむ前国王と一緒に、数日前に共に過ごした彼らに思いを馳せるエッケハルトの姿があった。

 王の目線は、ムラマサの右上に写るヒツジの獣人へと動く。



「マリか……この子はシルヴィによく似ているな……本当に美しい」

「ゲームが終わった後、私もヤーナ様をもふもふさせていただいたのですが、アモンシープ族は非常に気持ちの良い毛並みでございますね」



 言いながら、手をわきわきするエッケハルト。少し気持ち悪い。

 王の目はさらに、ムラマサの左に写る二人の美少年へと移る。



「エレン・ウルドゥールに、ルカ・ジークライトか。この二人も母親似だな。少年でありながら、彼女らの美しさを兼ね備えている」



 次に目をやったのは、写真の四隅に散らばる二組の双子だった。



「ゼォ=イール……元気にしておるか、ワシの愛した竜よ。お主の子らも大きくなったのぉ。竜にとってみれば、まだまだ卵なのかもしれんが。クロイツとフランツは……すまん、エッケハルトよ、どっちがどっちだ」

「髪の長い方がクロイツ様、短い方がフランツ様でございます」



 同じ母から生まれた双子を、王は見比べるようにして愛でる。



「確かアムネスは、クロイツ達とは幼い頃から面識があるのであったな」



 ムラマサの右でクロイツと肩を組む茶髪の青年を見て、前国王は過去に思いを馳せる。



「本当に……本当に皆、大きくなった。父として、こんなに嬉しい事は無い!」



 先程流した涙に目を輝かせ、王は再びエッケハルトを見る。



「エッケハルトよ、こやつらとお主をめぐり合わせる事ができたのも、ワシはとても嬉しいぞ」

「と、言いますと……?」



 少しきょとんとした顔で、彼はゲーアノートを見つめ返す。



「いいや、お主のその眼を見ていると、出会ったころの事を思い出してなんだか嬉しくなるのだ」

「国王様っ……! そのような昔の事はっ!」



 三度赤面しそっぽを向くエッケハルト。しかし彼もまた同時に、二十年前の事を思い出していたのだった。



 φ



 コンコンっと扉を叩く音の後に、少ししゃがれた弱々しい声が響く。



「ゲーアノート様。バーゼルでございます」

「入りなさい」



 野太い返答の後、ギギィっという重苦しい音を立てて執務室の大きな扉が開く。

 そこには藍色の燕尾服に身を包んだ細身の男と、同じく藍色の服をちょこんと着ている、否、服に着られているような様相の少年がすんと立っていた。



 二十年前のチュールベリン王城。国王専用の執務室。

 ゲーアノート・ヘルマン・チュールベリンと、エッケハルト・バーゼル少年の、出会いの瞬間であった。

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