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ユズリハ  作者: yuta
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第一章

セミがうるさいくらい大合唱をしている、雲ひとつない真っ青な空。太陽は遮るものがないので悠然とし、嫌という程輝いている。

 ()(ぐさ) (あまね)。高校二年生。只今、夏休みの宿題の真っ最中である。

 残暑の残る八月の後半、クーラーのきいた部屋でアイスを片手にノートパソコンのキーボードを器用に右人差し指のみで叩いていく。

ちなみに宿題の教科は世界史。課題から一人、歴史上の人物を選びその人の歴史や事件などをまとめるというもの。

 周の部屋には大きな本棚があるが、その中には参考書、教科書どころか本は一冊も入っていなかった。かわりにエスエフ映画の車やロボットのフィギュアや六分の一スケールの恐竜のフィギュアが所々に置かれていた。

肝心な本はというと、暗いクローゼットの中に隠すようにしまわれていた。

 なぜ、本棚に本来の機能をさせていないかというと、やんごとなき理由があった。

 それは、周には本の声が聞こえるからだった。

「ふぅ・・・・・・」

 カタッという小さな音を立てて周はキーボードから手を離した。パソコン画面の文章製作ソフトをじっと見つめたあと、頭を抱え、ため息をついた。

 いきづまった。

 教科書でも開いて考え直そう。そう思うにもきっと彼らはおかまいなしに話しかけてくるはずだ。しかし、時間も少ない。

 迷った末、周はクローゼットを開けるべく椅子から立ち上がった。

 クローゼットの取っ手に手をかける。無意識に息を飲んだ。グッと手に力を込めてクローゼットの扉を引いた。

スーっという音を立てながら薄暗いクローゼットの中が現れた。目の前の箱を一瞥する。このなかに教科書一式を夏休み前にしまった。

 周はその場に立て膝で座り込み、箱を自分のもとに引き寄せる。箱の蓋に手をかけ、そっと開けた。

 途端。

『周! 遅いぞ!』

『なにをしていたんだ』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『いきづまったのなら私たちをたよりなさいな』

『周だ』

『あまね』

 あまね、あまね、周

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 バタン。

 無言でダンボールの箱を閉じる。くぐもった何冊の本の声が聞こえてくる。調べなかったので中からの苦情がひどい。

『なぜ聞かない!』

『わからないとこ教えてあげるよ』

『早く!』

 どうしてこうも本というのはうるさいのか? 調べたいことすらも調べられない。おまけに口も悪い。

 周はガクリとうなだれ、大きなため息をついた。

 これじゃぁ宿題は進まない。インターネットも頼りだが、どこも似たり寄ったりで肝心なところはわからない。

こうなったら自分のことを知らない本のところへ行くしかない。自分が本達と話せるのを知らなくて、なおかつ、向こうから話しかけて来ないところ。

「しかたない・・・・・・図書館にでも行くか」

 ちらっと箱を見る。微妙に箱が揺れているような気がする。

『なぜだ!』

『私達を頼りなさい』

『わからないところなら教えてやる』

『開けてーー』

 あと、以外と過保護だ。


 周が本と話せることに気づいたのは小学三年生の頃。小さい頃から本を読むのが好きで、ついたあだ名は徒然草やら本の虫やら。それでもことあるごとに図書館へ行き一人で本を読んでいた。そんな生活だったため、案の定友達はあまりいなかった。

 彼らと話せればいいのに・・・・・・

そんな事を思う時もたびたびあった。

 そんなある日、インフルエンザで高熱に苦しんでいた時、誰もいない部屋からヒソヒソと声が聞こえてきたのが始まりだった。熱で頭までやられてしまったんじゃないかと思った。自分はもうこのまま死んでしまうのではないかとかすれていく意識の中で思い、眠りにつこうとした。

しかし声の主は一人ではなかった。何人もいた。

 周はベッドから驚き飛び起きた。

 誰だ。そう言葉にしようにも怖くて声が出ない。部屋には自分だけだ。誰もいない。どこからだ、声がするのは?

『あまね起きた』

『治ったのか?』

 そんな声まで聞こえてくる。声は本棚からだった。

「なんで?」

 本棚にふらつく足を引きずるように歩いて行く。

『聞こえるのか?』

『周』

『あまね話せる?』

『あまね』

「はは・・・・・・本当に話せるんだ」

 自分を呼ぶ声がたくさんする。今まで幾度となく話したいと願っていた彼らと。

 昔は嬉しかったが・・・・・・

 しかしそんな幸せな日々が続くわけはなく・・・・・・宿題をしようとするとこっちを読めやら答えが違うやら。新刊を買えばヤキモチを焼き、ボロボロになったものを処分しようとするとみんなして泣き出すしまつ。

 今はやかましいだけだ・・・・・・

 一体、何年分の教科書が家に溜まっているんだか。親に文句を言われながらも捨てられない自分に呆れる。

 はぁと小さくため息をつく。

 いいヤツらなんだけどな。と、小さく心の内で呟き、一度自分の部屋を外から見上げると、自転車にまたがった。

 軽やかに地面を蹴るとペダルを漕ぎ始める。自転車は図書館に向かい走り出した。

 太陽は午前中から元気に輝き、日差しはまぶしくキツイ。周は目を細めながら自転車を走らせる。緩やかな下り坂を駆け下りた。吹き抜けていく風は生温いが気持ちが良い。

 広い交差点を左に曲がりまっすぐ行ったところに公民館がある。その中に図書館はあった。自転車を使えば家からさほどかからない。

 キッという音を立てて自転車は停車。図書館内の駐輪場に鍵をかけて止めた。近くの木に止まっていたアブラゼミが周に気付き鳴くのをやめ、青い空に溶け込むように羽ばたいて行き見えなくなった。

自転車を降りてから気づいたが風は無風だった。途端に汗が額から噴き出してくる。周は急いで図書館に向かった。

 公民館の中は冷房が効いてとても涼しかった。火照ってしまった身体を急速にクールダウンさせていく。

 周はまずは図書館に向かわずに市民が共有で使用できる冷水機に向かって喉を潤した。カラカラに砂漠のように干からびた身体に水分が行き渡るのを感じる。

 さて・・・・・・

 うるさい本達はいない。ゆっくり調べ物でもしよう。

周は静かな図書館に入って行く。受付の司書に軽く会釈。適当な空いてる席に荷物を置きそのまま目当ての本棚へと歩いて行った。

 とたん聞こえてくる話声。どうせ人間には聞こえないので普通に本達は話していた。

『また学生』

『夏休みだからな』

『子供よりはいいよ。ここのところ出番が多くて見て、背表紙がボロボロだよ・・・・・・』

 そんな会話を横目に周は中へと進んで行く。歴史関係の本棚。それはたくさん陳列されている本棚の一番奥にあった。

『宿題かな?』

『じゃなきゃこんなところこないよ』

『私たちを読む人間なんて、課題か歴女しかいない』

 宿題だよ

 周は心のうちだけで返事をした。目ぼしいものを数冊持ち席に着く。周の選んだ歴史上の人物は作家だった。今はインターネットが普及してて便利だが、やはり本に勝るものはないと思っている。かつ略されて書かれている面もあるので、それを補いたくてこうして図書館に来たのだ。周は持ってきた荷物の中からノートパソコンを取り出し続きを始めた。



どれくらいたっただろうか。ふと窓の外をみると空はオレンジ色に染まっていた。

 昼、食べ損なった・・・・・・宿題もかなり良い感じに進んだのでもう家に帰ろう。

 周は借りていた本を受付に返すために立ち上がった。数冊を受付の司書に渡すと荷物のある席に戻った。

「ん?」

 自分の座っていた隣の机の上に一冊の本が置いてあった。その本は文庫より少し小さな物だった。

「あれ? こんなのあったっけ?」

 周は机に近寄り本を手に取った。

 その本はボロボロで今にも崩れ落ちそうだった。かなり古い年期の入ったものだ。背表紙は擦り切れ、かろうじて紙が張り付きバラバラになるのを防いでいた。表紙のタイトルすら読めない。

パラパラとページを捲る。黄ばんだ大事に扱わないと切れそうなページ。中身は英文だった。図書館のシールも貼られていない。

「忘れ物か?」

 それを聞いた本がパサパサと表紙を揺らし怒った。

『失礼な! 忘れ物なんかではない!』

「いや、どうみても忘れ物だよ」

 ハッと我に返った時には、すでに遅し。周は空いていた方の手で口を押さえた。

 ヤバイ。返事を返してしまった・・・・・・

『おまえさん、私の声が聞こえるのか?』

 そう問いただされては嘘もつけまい。

「あーー」

 目を泳がせながら返事をかえす。

「うん、聞こえる・・・・・・つか、日本語で安心したよ」

 すると本はパサパサと表紙を揺らし嬉しそうに答えた。

『そうかそうか! もう百年近くこっちにいるからな、日本語のほうが達者じゃ! でじゃ、私を元の持ち主に戻してくれ』

「・・・・・・・・・・・・」

 なんともいえない空気が場を支配する。

『おい、聞こえているのか? 私を持ち主に返してくれ』

 周の顔が歪む。

「持ち主って、誰?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?』

 こんな閉館間際な図書館に人はまばらにしかいない。しかも、自分たちの席の周りには最初から誰もいなかった。

『・・・・・・・・・・・・』

「・・・・・・・・・・・・」

長い沈黙。それを破ったのは図書館の閉館のアナウンスとメロディーだった。

「もう諦めなよ」

気のせいか忘れ物の古い本が涙を流しているように見えた。そっと古い本を持ち上げると片脇に抱えた。シクシクと声を上げて泣く古い本に周はため息をつくと、入ってきた時と同じように支所に会釈し図書館を後にした。


周が去った後、パタパタと図書館に走っていく一人の女性がいた。閉館間際なのに司書に無理を言い中に入っていく。しかしその子はすぐに図書館を出た。

「・・・・・・なんで、ないの?」

そう中を見つつ呟くと悲しそうに図書館を後にした。


夜、夕飯も終わり周は古い本を机の上に置いて腕組みをし、考えていた。クローゼットの中の本はヒソヒソ話をしている。

『あれは誰だ?』

『あれとは失礼だ! ご年配だぞ!』

『空気違う。外国のお客様』

『洋書なのに日本語話してる』

 古い本はとくに気にした様子もなく周をじっと見ていた。

『他の本はいつもあそこに?』

 ページを動かし話しかけてきた。

「ああ、うん・・・・・・」

 ふむと頷く。

『そうか・・・・・・でもあまり暗いと気の毒だ。虫に喰われるぞ?』

 その言葉に苦笑する周。

「考えておく」

和やかに話しているのが気に食わなかったのか、クローゼットの中の本達が箱の中で暴れ始める。

『ずるい!』

『周とったずるい!』

バタバタとこちらまで音が聞こえる。

「と、とりあえず、明日話しを聞くよ・・・・・・」

 頭を抱える周に古い本は、

『ああ、そうしよう』

 と、同意した。


 その夜は不思議な感覚だった。自分の部屋に違う本がいる。まるで友達が泊まりにきているようだ。古い本は周の机の上にいる。きっと眠っているはずだ。

 持ち主、見つかるといいな・・・・・・

 そう思いながら周は眠りについた。


 次の日、朝食を済ませてから周は図書館のある公民館の共同スペースにいた。家だとどうしても本達がうるさくて話が進まない。多少怪しまれるにしても、今は夏休みの午前中。いるのはちらほらと耳が少し遠くなったお年寄りがいるだけだし、資料が欲しければすぐに調べにもいける。

 さすがに図書館では話はきけないよな?

 そう思いながらも図書館を覗くとそこにはもう先客がいた。自分と同い年くらいの女性が司書と話していた。

 こんなに早くから・・・・・・やっぱ無理だな

 諦めて共同スペースに戻り人がいない窓際に座り、ノートパソコンの起動スイッチを押し、立ち上げた。

「で、持ち主の特徴とか教えてよ。できればどこから来たのかここまでの道とかわかったら言って」

 手がかりは多い方はいい。周の言葉にふむと忘れ物の古い本は頷いた。

『私の持ち主は・・・・・・』

「持ち主は?」

 ちょっとドキドキしながら聞き返す。

『私の持ち主は北丈(ほうじょう)櫂生(かいせい)という男だ』

「すごいな、名前までわかっているのか! それなら話は早い。もっと覚えていることはないのか? 住所とかこの際、生年月日でもいい」

 思ってもいない収穫に思わず周は声をあげた。古い本はふむふむと再び頷くとページをかすかに動かし言った。

『櫂生は・・・・・・』

「うん」

 思わず期待のこもった目を向けてしまう。

『明治』

 きっぱりと言い放たれた言葉。そして訪れた沈黙。周の顔がみるみるうちに青ずんで行く。さっきまでも期待でいっぱいだった目が夕立近くの曇天のように曇って行く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」

 聞き間違いか? 明治って言ったよな?

「もう一度聞く。えっと、かい?」

『櫂生』

 古い本が正す。

「うん。その櫂生さん。生年月日は・・・・・・」

 ゴクリと喉を鳴らす。

『明治』

「・・・・・・」

 がくりとうなだれた。が、すぐに我に返り顔をガバッと上げて言った。

「まって! まさかそこから話そうとしてる!?」

 古い本は、ほほほと笑った。

『本の歴史はまた人の歴史でもる。まぁいいじゃないか、年寄りの話は貴重じゃぞ? 少々付き合え若者よ』

 どうせ暇だろう? と、おどける始末。

「暇だなんて言ってない! 第一まだ宿題も終わってないんだぞ?」

 周の大きな声に遠くに座っていたお年寄りがこちらを見る。いくら耳が遠いとは言え、大きな声をあげすぎた。

 周はぐぐっと言葉を飲んだ。それを肯定と取ったのか古い本はのんびりと言った。

『では長い長い昔話をしよう』 

周は心底嫌そうな顔をした。

『私の持ち主との出会いは彼がまだ十歳ほどの少年だった』

どこか物思いに耽る古い本は表紙をパサパサと動かしながら話し始めた。

「勝手に進ませてるし・・・・・・」

ため息を一つつき周はこの果てしなく長そうな昔話に身を預けた。

『彼に一番初めにされたことは今でも覚えている。私は会って早々に放り投げられた』

「ハイ?」


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